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 ←『公衆電話の向こう側』 -4- →『ハリケーン』 -前編-
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公衆電話の向こう側

『公衆電話の向こう側』 -最終回-

 ←『公衆電話の向こう側』 -4- →『ハリケーン』 -前編-
 先週の話を聞いて以来、私はミハルさんのことが心配で仕方がなかった。
「時折」なんて言っていたが、日常的に暴力を振るわれていた可能性もある。
 実際に会ったことはないが、私の勝手に想像したミハルさんが、痣のついた顔で苦々しく笑う姿を思うと、胸が痛かった。
 水曜日、いつものように電話が鳴った。とりあえず無事なようだと胸を撫で下ろし、受話器を上げた。
「もしもし?」
 返事がない。
「もしもし、ミハルさん?」
 もう一度呼びかけてみる。
『……お前が直人か?』
 ミハルさんのものではない、その低く唸るような声に背筋が凍る。
『お前が直人かって聞いてんだよ! ガキのくせに俺の女にちょっかい出しやがって』
心臓がドクドクと激しく血を送り、体は震え始めていた。途切れることのない男の罵声に対して、何という言葉を返すべきなのか、よくわからなかった。
『今からそっちに行くからな。そこを動くんじゃねえぞ』
 嘘だ。こっちの居場所なんてわかるはずがない。
 そうは思いながらも、どこかに「ひょっとしたら」と、怯えていた。
 切ってしまいたい気持ちはあったが、ミハルさんのことを思うと、それはできなかった。
とりあえず何か言い返そうと口を開いたところで、「もうやめて」というミハルさんの声が聞こえてきた。
 それに対して「お前は黙っていろ!」という男の声。
 受話器が乱暴にぶつけられる音がして、よく聞き取れない会話と物音が続いた。ハッキリとしたことはわからないが、受話器の向こうで何が起きているのかは想像に難くなかった。
「ミハルさん!」
 私にできるのは彼女の名を叫ぶことだけだった。
 しかし返事はなく、聞こえてくるのは雑音としか取れないようなものばかり。
「ミハルさん!」
 何度か呼ぶうちにミハルさんが電話に出た。
『ゴメン、直人君。もう切るね』
「ミハルさん、大丈……」
 私の言葉を遮って、ミハルさんは一方的に電話を切ってしまった。
 もう一度話がしたくても、番号がわからないため、こちらから掛けることはできない。 向こうから切ってしまったのだから、掛け直してくるとは思えなかったが、それでもひょっとしたらという思いで、私はしばらく電話ボックスの中で待っていた。
 三十分ほどした頃、見知らぬ若い女性がやってきて、「電話を掛けさせてくれ」と、頼まれた。仕方なしに電話を譲って外で終わるのを待っていたが、女性が鋭い目で睨むので、その日は諦めて帰ることにした。
 
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 翌日の夜も、私は電話ボックスに向かった。
 あの男は正直恐かったし、約束の水曜日ではないため、電話が鳴るかどうかはわからないが、それ以上にミハルさんのことが気掛かりだったのだ。
 午後八時半を過ぎた頃、電話が鳴った。
 すぐにでも出たい気持ちはあったが、昨夜の一件を思い出し、わずかな躊躇いが生まれた。
(あの男でも構うもんか。今度こそ何か言い返してやる)
 そんなふうに私は自らを奮い立たせて、受話器を上げた。
「もしもし?」
『直人君?』
「はい。ミハルさんですか?」
『……そう』
 その声を聞いて、私は安堵の息を漏らした。
「良かった。きっと掛けてくれると思ったよ」
『昨日はゴメンね。怖い思いさせちゃって……』
「僕は大丈夫。それよりミハルさんのほうが心配だよ。あの後、どうなったの?」
『すごく怒られちゃった』
 イタズラがバレた子供のような口調だが、実際はそんなに甘くはないはずだ。
『この前直人君と電話している時に、突然主人が帰ってきて、話を聞かれちゃったの。ただいまも言わずに後ろに立って盗み聞きしてたの。酷いと思わない?』
「また殴られたの?」
『私がいけないのよ。直人君みたいな若い子をたぶらかすようなことしたから』
 たぶらかしてなどいない。ただ電話で話をしていただけだ。
 しかしそんなことはどうでも良かった。
「殴られたの?」
『気にしないで。全部私が悪いんだし』
「やっぱり殴られたんだね」
 私の中で沸々と沸き上がってくるものがあった。
『でもね、今朝だってすごく優しかったのよ。昨日はきっと疲れていたのもあったのよ。だからちょっと機嫌が……』
「そんなの見せ掛けの優しさじゃないか! 今日は優しくても、明日にはまたミハルさんに暴力を振るうんだろ!」
 私はまた熱くなっていた。
「ミハルさん、いつまで自分の心に嘘つくつもり? もういい加減自分を暴力から解放してあげなきゃ。だからそこから逃げて。僕はまだ子供で、何もできないけど、どこかに相談に行くなら付いていくし、バイトで稼いだお金も少しくらいならあげられる」
 全部あげると言えないのが情けなかった。
「住むところがないなら、ウチにおいでよ。親に話してみるからさ。その代わり僕の部屋だよ。あっ、心配しなくていいよ。男の割に綺麗な部屋だってよく言われるし」
 少々興奮し過ぎたと感じたため、私は自分を落ち着かせようと、一人笑ってみせた。
 しかしミハルさんは何も答えなかった。
「ミハルさん? どうかした?」
 耳を澄ますと、彼女のすすり泣きが聞こえてきた。
『……ありがとう。私、こんなふうに優しくされたことがなかったから……すごく嬉しい……』
 ミハルさんは時折しゃくりあげるように、声を絞り出すようにして言葉を紡いだ。
『でもね……その気持ちだけで充分だから……』
「充分って……」
『いいのよ。これは私が自分の力で解決しないといけないことだから……気持ちだけで充分なの』
「でも……」
『ゴメンね。この電話も今日で終わりにするから。直人君に迷惑かけたくないし』
「迷惑なんかじゃ……」
『素敵な恋人が見つかるといいね。直人君ならきっと大丈夫だから。焦らずにね』
「ミハルさん、ちょっと待……」
『さよなら。ありがとう。あなたと話せて良かった』
 私の言葉を遮って、ミハルさんはまた一方的に電話を切った。
 受話器から「プー、プー」という無機質な音が延々と流れていた。昨日と同じで、こちらから掛け直すことはできない。
 ひょっとしたらもう一度掛かって来るかもしれない。
 そんな淡い期待を抱いて、コンクリートの床に腰を下ろした。彼女と初めて話をしたあの日のように。

 一時間ほど待ったが、結局、電話が鳴ることはなく、私は仕方なしに家に帰った。
 階段を上がると、二階の廊下で、ちょうどトイレから出てきた姉と顔を合わせた。
「おかえり」
「ただいま」
「どうしたの? 恐い顔して」
 自分の顔は見ることができないため、表情なんてわからない。
 しかしその時の私の心境からすれば、恐ろしい顔をしていたのも当然だったのかもしれない。
「姉ちゃん……俺、どうしたらいい?」
「どうしたらって……何?」
 姉に部屋に入ってもらい、私は今日までのことを包み隠さず話した。
 
 姉はベッドに腰を下ろし、しばらく考え込むような表情をした後、「残念だけど」と口にした。後に続くのが、私の望まない言葉であることはもはや疑う余地もなかった。
「相手の連絡先がわからない限り、どうしようもないわね」
「例えば、警察に連絡して通話記録でミハルさんの住所を調べてもらえないのかな?」
「難しいと思う。あんたの証言、それも電話での会話だけじゃ、警察は動かないでしょうね」
「それじゃ、電話会社に直接尋ねるとか」
「顧客の情報をそんなに簡単に漏らすわけないわよ。それに住所を知ってどうするのよ。相手の男がヤクザの可能性だってあるわけでしょ?」
 ヤクザと聞いて、ドキッとする。あの口調なら、確かにその可能性もあり得る。しかしそこは強がってみせる。
「ヤクザなんて別に……」
「怖くないって言うの? 私は怖い。だって、あんたが殺されちゃうかもしれないわけでしょ」
「そのときはそのときで……」
「馬鹿!」
 姉は立ち上がって、床に座る私の頭を平手で叩いた。バシッという心地良い音が響き渡った。
「あんたが死んだら、私も、お父さんもお母さんも、あんたの友達も皆、悲しいでしょ!  二十歳過ぎてそんなこともわかんないの? いつまでもガキみたいな考えしてんじゃないわよ!」
 姉の言葉で目頭が熱くなる。
「じゃあ、このまま知らんぷりしろって言うのかよ」
「知らんぷりじゃなくて、任せるってことよ。ミハルさんは自分で解決するって言ったんでしょ?」
 私は黙って頷いた。
「彼女だって子供じゃないんだし、きっと大丈夫。そう信じるしかないのよ」
 再び目頭が熱くなり、鼻がツンとする。喉の奥から込み上げてくるものがあり、唇が震え、嗚咽する。 自分の不甲斐なさが悔しくて仕方がなかった。
「さっきはキツい言い方したけど、私、あんたのそういう真っ直ぐなところ、好きだよ」 膝を抱えて項垂れる私の肩を、姉は優しく叩いて部屋から出ていった。
 その後、私は留まることなく溢れ続けてくる涙としばらく戦っていた。

 姉の言っていることはよくわかったつもりだが、私はなかなか諦めきれなかった。
 彼女が再び電話を掛けてくることに期待して、翌日以降も、夜になるとあの電話ボックスに足を運んだ。
 しかし電話はいつまで経っても鳴ることはせず、強情なほどにだんまりを通した。
 さすがの私もついには電話ボックスに行くのをやめた。
 時折そばを通りかかっても立ち止まったりすることはなく、「彼女は今頃どうしているんだろう」と、答えの出ない問いかけを自分にするだけに留まった。

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 あれから十五年。 恋人ができないと悩んでいた私も、どうにか結婚して子供も産まれた。
 携帯電話の急速な普及で、公共施設を除く、いわゆる街中の公衆電話の数は激減した。
 私が彼女と言葉を交わしたあの電話ボックスも例外なく撤去の対象になった。
 唯一の連絡手段だった、あの公衆電話がなくなった今、彼女のその後を知る術はもうどこにもない。
 顔も、本当の名前さえも知らない年上の女性。
 彼女に対して恋愛感情がゼロだったと言えば、嘘になる。
 ただ、彼女を救いたいという気持ちは男としてではなく、人としてだった。
 しかし三十半ばを過ぎた今でさえ、「ミハルさんがあの男と別れ、幸せに暮らしていますように」と願うことしか、私にはできない。
 つまりあの頃と同じで、何もできないちっぽけな男であることに、なんら変わりがなかった。

「その気持ちだけで充分だから」

 ミハルさんのその言葉を思い出すと、今も胸が痛くて仕方がない。
 両親の反対を押し切ってまでやり遂げたあの男との逃避行に、彼女はいったい何を夢見ていたんだろう。
 その疑問に対する答えは、永遠に聞けそうもない。

<了>
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~ Comment ~

お疲れさまです♪ 

私だったら・・・と考えてしまいました。
若い日の過ちでも、私なら逃げちゃうかな、そんな夫なら。
でも私よりも少し前の女性なら、耐えたのかも知れません。
よく恋人や家族に対して暴力ふるう人がいますが、それでも一緒に生活を続ける・・・
逃げ道を知らないのか、仕方ないと諦めているのか分からない。
悲しい現実です。
もしかしたらミハルさんは、耐えることが愛だと思っていたのかも知れない。
あるいは、病的な夫を支えるのは自分だけだと信じていたのかも知れない。
彼には、私しかいない・・・とか。

長い感想になりましたが、考えさせられるお話でした。

kotanさんへ 

きっとかつての自分と重ね合わせていたので、より物語に入り込んでくれたのかなと思います。

昔は電話以外のことでも今みたいに便利じゃなかったですし、免許を持っている女性も少なかったでしょうしね。

DVの夫から逃れようとしないのは、合間に見せる優しさがあるようです。
暴力を振るわれても、翌日に謝られたり、優しくされると許してしまうというか。
もはや感覚がマヒしているのかもしれません。

きっと本当の気持ちは彼女にしかわからないんでしょうね。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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