赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第三十一回

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 次の日曜日は若槻と会う約束をしていた。彼女の意見で「今回は春見さんの希望に合わせます」ということになった。
 暑さも本格化してきたため、冷房のよく効いた場所にいられる映画鑑賞で決まった。ドライブを兼ねて少々遠方のショッピングモールまで行き、その中にある映画館を利用することにした。特別観たいというわけでもなかったが、俺の趣味でアクションものの洋画を選んだ。若槻も「いいですよ」と二つ返事で答えてくれ、それを拒んだりしなかった。

 結論から言うと、期待外れだった。
「かつてない壮大なスケールで」という在り来たりのキャッチコピーとはあまりにかけ離れた作品に過ぎなかった。
「イマイチだったよな?」
 俺がそう言うと、若槻も「そうですね」と、苦笑いを浮かべた。最初のデートじゃなくて良かった。映画が面白くなかったのが俺のせいではなかったとしても、その後の展開に多少なりとも影響はあるからだ。
 時刻は午後三時。帰るには早いし、夕食にも早い。
「これからどうする?」
「そうですね。せっかくモールに来たんだし、ちょっと店の中を見て回りませんか? 何を買うってわけでもないですけど、私、車持っていないし、なかなかここまで来れないんですよね」
「別にいいよ」
 出不精の若槻のことだ。彼女が言うように、わざわざ電車に乗ってまでは来ないだろう。
 服や鞄、靴などの各専門店に入って、時折、商品を手に取ってみる。言葉通り、若槻はそれ以上のことはしなかった。ブランド物には興味がないようで、軽く流す程度で終わった。
 基本的に贅沢はしない人なんだろう。
「若槻さんって、今、何か欲しい物とかってあるの?」
「買ってくれるんですか?」
「まあ、金額次第かな。車とか言われても無理だし」
「冗談ですよ。今、欲しい物と言えば、お米でパンが作れる機械かな」
「ああ、あれね。確か品薄でなかなか手に入らないんだよな?」
「販売当初はそうでした。でも今は普通に買えますよ。それにパンだけじゃなくて、お餅とかパスタ麺、そばも作れるんです」
「そうなんだ。さすが料理好き。でも買えない値段じゃないだろ?」
「まあ、そうなんですけど……なくてもいいものだし、どうしてもってわけじゃないですから。春見さんは何か欲しい物ありますか?」
「うーん。そうだな。お嫁さんかな」
 それとなく結婚を匂わせてみたが、若槻は「なるほど」と言って、少し笑っただけだった。
 
 次はインテリア雑貨の店に入った。写真立てや飾り物など、俺が尋ねることをせずとも「私こういうのが好きなんです」と、若槻は自分の趣味を教えてくれた。将来、家を買ったとき、置いてみたいと思っているのかもしれない。
 リビングをイメージして作られたスペースにある、展示と販売を兼ねたソファに、若槻はゆっくりと腰を下ろした。
「なかなかいい座り心地ですよ」
 彼女がそう言うので、俺もそれに倣う。スタンド式のポップにちらりと目をやる。若槻も俺と同じことを考えていたらしく「三万九千八百円」と、その値段を口にする。
「安いですね」
「うん。移動も楽そうだし、いいよな」
 二人揃って背もたれに上半身を預けると、お互いの肩が触れ合った。そのまま手を握ろうかなんてことが頭を過ったが、慌てて自らを止めに入った。
 さすがにそれはまだマズイ。
 しかし俺の気持ちは明らかに高揚していた。
「若槻さんに聞きたいんだけど……」
「何ですか?」と、若槻がこちらに顔を向ける。かつてないほどの近距離で、視線がぶつかる。若槻が瞬間的に顔を赤くして、あたふたと前を向く。俺まで恥ずかしくなり、同じように前を向いた。二人とも視線を正面のゴミ箱コーナーに向けたままで話を続ける。
「結婚するなら、すぐでもいいのかな?」
「えっと……そうですね。でもすぐって言っても、両親への挨拶とか式のこと、それに新居のこととかいろいろあるし、最低でも準備に一年くらいは掛かるんじゃないですか? 前にも言いましたけど、仕事はしばららく続けるつもりなので、三月は外したほうがいいかな」
「どうして?」
「ほら、三月って会社の決算じゃないですか? そんな忙しいときに私たちが結婚なんてブーイングの嵐でしょ?」
 別に「俺と結婚するなら」と尋ねたわけではないが、若槻はそれを想定した予定を話していることは明らかだった。
 これならきっと上手くいく。
 沸々と自信が湧いてくる。
「そうだよな。三月は……」
 若槻に同意しようとすると、右斜め後ろから「あれ? お前ら」という、どこかで聞いたことのある低い男の声が耳に入ってきた。
 若槻と二人、ソファから上半身を起こして声の主のほうへと振り返る。
 その男の正体を知って、血の気が引いた。恐らく若槻も同じに違いない。
 牛島だ。
「何してんだ? こんなところで……」
 選りによって、一番見つかりたくない人に見つかってしまった。
 とにかく上手く誤魔化さないと。
「買い物に来てたら、偶然ここで会ったんで一緒に回っていたんです。なあ、若槻さん」
「はい」と、若槻が小さく頷く。その頃には、二人ともソファから立ち上がっていた。若槻の顔は真っ赤だ。
 相変わらずわかり易い。
 もちろん、そうじゃなくても、牛島が「はい。そうですか」と信じるわけがない。
「どうも嘘臭いよな。一緒に見て回るだけなら、ソファに密着して座ったりするか?」
 牛島が厭らしい表情を浮かべる。
「買い物に来たら、ソファくらい座るでしょ。それに密着はしていないですよ」
「ふーん。そう見えただけかな」
 とは言いながらも、納得したようには思えなかった。
「お前たち、二人とも一人で来たのか?」
「そう言っているでしょ。偶然会ったって」
 牛島の質問に受け答えするのは俺だけで、若槻はずっと黙ったままだ。
「春見は車で来たんだよな? 若槻は?」
 まるで尋問だ。ボロが出るのをひたすら待っているのか。
「私は電車で来ました」
 彼女がペーパードライバーであることは、社内では周知の事実だ。
「電車で来るって大変だっただろ。乗り換えもそうだし、駅からも結構離れているしさ」
 郊外に建つ大型ショッピングモールであるここは、牛島の言うように電車で来るにはキツイものがある。
 これ以上突っ込んだことを聞かれる前に話を変えたほうが良さそうだ。
「牛島さんこそ一人で来たんですか? それはないか。休日は常に家族サービスって言ってましたし」
「ああ、嫁と息子と一緒に来ている」
「どこにいるんです? 挨拶くらいしておきますよ。なあ?」
 若槻は黙って頷く。顔の赤さは少しマシになっている。
「それと牛島さんが会社でどういう人なのかを詳しくお伝えしたいですし……あっ、そうそう。ご家庭での様子も是非聞いてみたいですね」
「何か引っ掛かる言い方だよな」
「そうっすか? それで、どこにいるんですか?」
 執拗に迫る俺に、牛島が慌て始めた。
「いや、いくらなんでも急なことだからな……嫁も息子も困るかもしれん。また次の機会に頼むよ」
「邪魔して悪かったな」と言い残して、牛島は人込みの中へ消えていった。
 どうにか追い払うことはできたが、百パーセント安心はできない。
「厄介な人に会っちゃったよな? こういう偶然ってあるもんなんだな。ほとんど奇跡レベルじゃないか?」
 できるだけ明るい口調を心掛けたつもりだったが、自分でもどこか動揺していることに気が付いた。
「でも同じ県内に住んでいるんだし、少なからずそういう可能性はあると思っていました」
 先程の頬の紅潮ぶりが嘘のように、冷静な意見だ。
「まあ、そうか……でもさ、一応、ここまでの電車料金と所要時間くらいは調べておいたほうがいいかもな。あの人のことだから、またいろいろと聞いてきそうだろ?」
「そうですね」
「帰りは俺が送ったことにしておこう」
「はい」と、若槻は真剣な眼差しで頷いた。
 それにしてもなぜこんなことに気を回さなくちゃならないんだろう。
 全く馬鹿馬鹿しい。
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