赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第三十回

 ←『赤い糸をたどって』 第二十九回 →『赤い糸をたどって』 第三十一回
「わあ、改めて見ると大きいですね」
 目の前のそびえ立つキリンを見上げて、松田は無邪気に笑った。
 彼女がリクエストした「行きたいところ」というのは動物園だった。
 動物たちの姿を見て癒されたかったらしい。本人は、少々子供っぽいかなと思っていたようだが、俺も童心に帰って、久しぶりに行ってみたいという気持ちになった。
 美しさや幻想的な雰囲気が楽しめる水族館と違い、臭いや敷地の大きさを考えると、動物園は行く相手を選ぶ。
 そんな理由もあって、以前つき合っていた女性とは、動物園に行ったことがなかった。
 松田は本当に動物が好きらしく、何を見ても何かしらの表情を見せる。「カワイイ」と言ってみせたり、「わあっ」と驚いたり、案内板を見て「へえー」と感心したり……。
 そんな彼女を見ていると、「来て良かったな」と思える。
「やっぱり私って子供っぽいですか?」
 松田が改まった口調で尋ねてくる。
「いいえ。そんなことありませんよ。僕も動物は好きだし、結構楽しんでいます」
「それなら良かった。春見さんはどの動物が好きなんですか?」
「レッサーパンダ」
「ああー、カワイイですよね。私も好きです。でもパンダもコアラも捨てがたいです」
 彼女の表情を見ると、本気で悩んでいるように見えた。
「でも意外です。男の人って、ライオンとかトラとか、ワイルド系の動物が好きなんだと思っていました」
「そうですね。確かに見た目はカッコいいですけど、僕はやっぱり癒し系のほうが好きかな」
「それは女性のタイプもですか?」
「そうそう。社会というジャングルから帰ったらホッとしたいじゃないですか? だからやっぱりカワイらしくて、愛嬌のある人がいいです」
「私は夫にはライオンでいて欲しいし、私自身もライオンになるべきだと思っています」
「そうなんですか?」
「夫の留守中は家を守らないといけないでしょ? 癒し系じゃやっていられないですから」
「それは頼りになりそうですね」
「でも、夫の前では猫でありたいです。留守中だけですよ。ライオンに豹変するのは」
「ライオンにヒョウにもなる猫か……変幻自在ですね」
「はい」
 松田がクスクスと笑う。
 やっぱりカワイイ人だよなと、思わず口元が緩んだ。
 
 園内を歩くうちに、空いているベンチが見つかったので、休憩をとることにした。松田を先に座らせて、俺は販売機にお茶を買いに走った。
 俺の差し出すペットボトルを、松田は「ありがとうございます」と笑顔で受け取った。財布を出そうとしたので、「いいですよ」と俺は遮った。
 夏の暑さが堪え始める時期であるにもかかわらず、周りは子供連れが多かった。子供たちは皆、一様にはしゃぎ回り、どちらかと言えば、大人のほうが参っているという感じだった。
「楽しそうですよね。子供たち」
「そうですね。松田さんはきっと子供も好きなんですよね?」
「はい。好きです」
「結婚したら、子供は何人欲しいですか?」
「二人以上かな」
 松田は悩んだ様子もなく、さらりと答えた。
「やっぱり何をするにも一人より二人のほうが楽しいですからね。それに大人になってからもいろいろと助け合ったりできますし。私自身、弟がいるので、それはとても実感しています。春見さんは一人っ子ですか?」
「そうです」
「兄弟が欲しいと思ったことは?」
「子供の頃はよく思いました。特に兄が欲しかったです」
「どうしてですか?」
「兄が買ったゲームとか漫画を共有できるでしょ?」
「なるほど」と、松田は優しく微笑んだ。
 
 一通り動物たちを見終えた後、ショップに入った。
 時計を確認すると、午後四時を過ぎていた。入場したのが午後十一時だったため、三時間ほど過ごしたことになる。
 ショップと言っても、土産を渡す者もいないため、買う予定もない。店内をさっと見て終わるつもりだった。
「春見さん」
 名前を呼ばれて振り返った瞬間……。
「ムギュッ!」
 俺の顔にレッサーパンダのぬいぐるみが押し付けられた。思わず仰け反る。
 言うまでもなく、松田だった。
 その思わぬ行動に目を丸くしていると、松田はとても楽しげに笑った。
「ぬいぐるみってカワイイからつい欲しくなるんですけど、どうしてもってときに捨てられなくなるんですよね」
 尋ねてもいないのに、松田はそう言った。
「だからストラップにしようかな、記念ということで。春見さんは何も買わないんですか?」
 記念か……小谷には気持ち悪いって言われたよな。
 松田は「うーん」と唸りながら、ストラップを吟味している。コアラにするかパンダにするかで悩んでいるようだ。残念ながらレッサーパンダはない。
 ライオンのストラップを手にしてみた。
 もし彼女と結婚することになったら、これもいい思い出の品になるだろう。
 でも、そうじゃなかったら。
 ひどいフラれ方をしたら。
 いかん、いかん。こういう中高生みたいな考え方をしているから気持ち悪いなんて言われるんだ。
「ライオンにします」
「じゃあ、私はパンダにします」
 二人でレジに並び、松田のパンダのストラップと合わせて、俺が会計を済ませた。
 
 ショップの出口が動物園の出口でもあった。
 そこで松田が「さっきはゴメンなさい」と頭を下げた。
「さっきって?」
 彼女が何のことを言っているのかがわからなかった。
「レッサーパンダのぬいぐるみの件です。突然顔に押し付けちゃって」
「ああ、そのことか。別に怒ってはいませんよ。予想外の行動だったので、ちょっと驚いただけです」
「それなら良かった」と、松田が安堵の表情を見せる。
「はしゃぎ過ぎですよね、私……でもね、こんなに楽しかったのは、本当に久しぶりなんです。今の会社に入ってからは、毎日仕事ばかりで、休みの日も『疲れた、疲れた』で何もしないで終わっていたので……恋人もいたんですけど、会っても私の表情が浮かないものだから、呆れられちゃって……」
 松田が苦笑する。
「でもこんなに楽しめたのは、春見さんのおかげでもあるんです」
「僕の?」
「はい。春見さんはとても優しいし、面白いし、あまり気を使わなくてもいい人なんですよね。一緒にいて安心できるというか」
 素直に喜んでいいんだろうか。
「癒し系ってことかな?」
「そうです。癒し系です」
 そんなことを言われたのは初めてだった。
「それじゃ、また会ってくれますか?」
 毎度のことだが、こうして次の約束を取り付けるときはとても緊張する。
「はい。喜んで」
 その笑顔を見ると、松田に対してすでに特別な感情を抱いている自分に気が付いた。
 早過ぎる気がしないでもない。しかし彼女が今までブーケトスで出会ってきた……例えば遅れてきても謝ることがなかったり、恋人がいるのに結婚相手を探したり、結婚に必死になり過ぎて前がよく見えていなかったり、相手に点数をつけて評価したりするような女性たちとは明らかに違うことはよくわかる。
 真面目で前向き、他人のことを気遣い、どんなことでも純粋に喜んでくれる……若槻と同じタイプの女性だからかもしれない。

 小

 七月になり、アドバイザーの梅田から電話がかかってきた。
 事務所でコンビニ弁当を食べ終えたところだった。斜め向かいの席にはいつも通り牛島が座っているので、ケータイを持ってそっと部屋から出た。
『もしもし、春見さん? ブーケトスの梅田です』
 牛島だけでなく、会社の人間にはできるだけ聞かれたくない話なので、事務所からも出た。うだるような暑さに、一人顔をしかめてしまう。
『今、お時間大丈夫?』
「はい。どうぞ」
『あれから調子はどう? 今、三人くらい仮交際しているわよね?』
 若槻と松田、放置状態の沢口だ。
「二人とは、そこそこいい感じです」
『あら、そう? 期待してもいいのかしら』
「うーん、どうでしょうねえ。上手くいけばいいんですけど……」
『そうよね……それでね、今日、電話したのは、会員期間の終了が迫ってますって件なのよ。もちろん、春見さんも知っているわよね?』
「はい。もちろんです」
 嘘だ。すっかり忘れていた。
『今のお二人のどちらかと上手くいったらそれでいいんだけど、もし駄目だった場合、春見さんはどうしようと考えてる? 退会するか、それとも更新するか』
 できれば、今は考えたくない話だ。
「更新の場合、だいたい三十五万円でしたっけ?」
『それなんだけどね。もし来月中に更新を決めてくれたら、特別割引で三十二万円になるのよ。特典として無料パーティ券も付くわよ。ただし、三千円以下のパーティ限定だけどね』
「はあ……」
『あっ、勘違いしないで。更新って言っても予約だけでいいのよ。今の期間中にやっぱり辞めますってことになったら、ちゃんとお金は返すから安心して』
 梅田には「来月の返事でいいから」と、念押しをされて電話を終えた。
 確かにお得な情報だが、「じゃあ、更新します」というのは違う気がする。
 いくら割引の対象とはいえ、三十二万円となれば大金だ。現在の進行分と合わせると、総額で七十二万円。しかもそれで必ず結婚したいと思える……いや、思ってくれる相手に出会えるとも限らない。
 しかしその逆もある。ブーケトスに入会しなければ、これほど多くの女性には到底出会えなかったはずだ。
 今は更新するかどうかを悩むより、どうすれば残り二ヵ月半で相手を見つけられるかを考えるべきだ。はっきり言って、新しい女性からの「お受けします」を期待するのは難しいだろう。
 となると、若槻か松田のどちらかで決めたい。二人とも真面目に結婚を考えているし、今だけにとらわれず、将来のことを見据えた話のできる女性だ。
 結婚相手としては申し分ない。
 いつまでも同時進行でやっているわけにはいかない。仮交際を終わりにして、どちらかに「結婚を前提としておつき合いして下さい」と告げるべきだ。
 問題はどちらを選ぶかだ。
 一応、一人はキープしておいて……なんて、いい加減なことはしなくない。第一、俺はそんなに器用な人間じゃない。それができるくらいなら、結婚相手探しにこれ程苦労するはずがない。
 そしてどちらにするか以上の問題が、彼女たちが俺の告白を受け入れてくれるかだ。
 とにかく今はまだ決められない。少なくとも後一度ずつくらいは会ってからにしたい。
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 作品紹介
もくじ  3kaku_s_L.png 上手な別れ方
もくじ  3kaku_s_L.png 空と海
もくじ  3kaku_s_L.png 地球の軌跡
もくじ  3kaku_s_L.png 初夏恋慕
もくじ  3kaku_s_L.png お礼参り
もくじ  3kaku_s_L.png 遠くの隣人
もくじ  3kaku_s_L.png 道連れ
もくじ  3kaku_s_L.png 美しき幕引き
もくじ  3kaku_s_L.png 別れたら
もくじ  3kaku_s_L.png 願い集うとき
もくじ  3kaku_s_L.png 相方よ
総もくじ  3kaku_s_L.png 重要な選択
総もくじ  3kaku_s_L.png 未来(あした)が見たら
総もくじ  3kaku_s_L.png 親愛なるあなたへ
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言(雑記)
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【『赤い糸をたどって』 第二十九回】へ
  • 【『赤い糸をたどって』 第三十一回】へ

~ Comment ~

いい雰囲気 

いい感じの二人です♪
なんとなく、どこかで惹かれあっているかのようにも思えますねぇ。
二人の女性と・・・
春見さん、難しい選択ですね、いろんな意味で。

男性ってどのように結婚をとらえるのでしょう。
妻や子供ができると、やはり守りたい、養いたいって強く感じるのでしょうか?
最近、いろんな経験をして、結婚生活の意味が分からなくなってしまいました・・・意味深長ですね(笑)・・・

kotanさんへ 

 そう言ってもらえると、この二人を最後に持ってきた意味があったというもので、とても嬉しいです。

 妻や子供ができると……うーん。どうでしょう。
 結婚した時点では、単に一緒にいたいってだけだったのかもしれませんが、子供ができた時点でその辺の自覚は変わったかもしれませんね。
 守ってやりたいや養いたいはちょっと違うかな。
 私が守りたいのは。今感じている幸せ。
 ともに楽しい時間を過ごせるこの幸せを守り続けるために頑張りたい。
 つまりは自分のためなのかもしれません。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【『赤い糸をたどって』 第二十九回】へ
  • 【『赤い糸をたどって』 第三十一回】へ