赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第二十六回

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 水族館へ行くことになったのは、五月最後の日曜日。契約期間終了までちょうど四ヶ月だ。
 水族館は以前、小谷と一緒に行った岬シーパークだ。別の水族館が良かったのだが、同スケールのものはこの近くにはない。ただ、前回はどうにも忙しなかったため、ちょうどいいと言えば、ちょうどいい。
 待ち合わせはB駅で、俺が車で迎えに行くことになっていた。目的地までおよそ一時間のドライブ。小谷の時は、彼女の都合に合わせて電車で行ったが、車だと片道三十分の短縮になる。
 B駅に着くと、若槻はすでに俺を待っていた。約束の時間の五分前だ。
 窓ガラス越しに目が合った。若槻は軽く手を振ってから、こちらへ駆け寄ってきた。
「おはようございます。お疲れ様です」
「若槻さん、会社じゃないんだからさ、お疲れ様はやめてくれよ」
「あっ、そうですね」と、若槻は頭を掻いた。ブラウスに綿のパンツと、相変わらず服装はカジュアルだが、化粧は戦闘用、耳には小さなイヤリングをしている。ちゃんとおめかしはしてくれている。
 若槻を乗せて、いざ水族館へ出発となった。
「若槻さんは、確かほとんど運転しないんだよね?」
「はい。車も持っていませんし、行動範囲は徒歩か自転車で行けるところまでが多いです。電車も使えますけど、わざわざって感じはあります。元々、出不精なんですよ。だからブーケトスに入会してからはよく出掛けるようになりました」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、ブーケトスに入会したのは若槻さんからすると、結構思い切りが必要だったんじゃないの? 婚活するとなれば、外出の機会が増えるのは必至なわけだし」
「それは意外と気にならなくて、入会を決断するのに時間はあまり掛からなかったです」
「紹介状には『このまま独身でもいいかと思っていた』って書いてあったけど、何か入会を決めたきっかけとかあるの?」
「きっかけというほどじゃないんです。ただ友達とか従姉妹とか、身近な人たちが結婚したり、子供ができたりするのを見ていたら、家族がココアだけっていうのが急に寂しくなったんです」
 若槻の入会理由が、親に無理矢理といったものではないことに安心した。いや、きっかけはそれでも構わない。問題はその後、前向きに活動するかしないかだ。
「春見さんは『在り来たりの幸せが欲しい』って書いていましたよね? 私も似たような感じかな。多くは望まないというか」
 それも若槻の言っていた「ツボが同じ」に入るんだろうか。
「それ以外にも、親を安心させたい。納得させたい。黙らせたいというのもある」
 少し乱暴な俺の言葉に、若槻はクスクスと笑った。
「随分、憎しみが籠っていますね。よく言われるんですか? 早く結婚しろとかって」
「いや、ここ最近になって急にだよ」
 俺は婚親会のことを、若槻に話して聞かせた。
「へえ、そういうのもあるんだ。お母さん、本気ですね」
「うん。思わず、結婚相手くらい自分で見つけられるって大見栄切っちゃったよ。若槻さんの両親はどう?」
「うちもこの間までは結構うるさかったですよ。それこそ婚親会なんて知っていたら、二人揃って行っていたんじゃないかな」
「どこも同じだよな」
「そうですね。でもブーケトスに入会してからは、とやかく言わなくなりました。私が自分から行動を起こしたってことで、随分安心したみたいです。まだ相手が見つかったわけでもないのにね」
「そりゃ言えてる。でもそれだっていつまでも効果はないと思うよ。またすぐに『うまくいってる?』なんて聞いてくるだろうな」
「おー、怖っ」
 若槻が両腕を抱えて、わざとらしく体を震わせる。彼女の大袈裟なリアクションに俺の口元は綻んだ。

 岬シーパークの人気ぶりは相変わらずで、やはり入場までは少し並ぶ必要があった。
「春見さん、水族館はいつ以来ですか?」
「四年、いや五年前に行ったきりかな」
 つい先日とは言わなかった。
「若槻さんは?」
「私も似たようなもんです。だから今、ちょっとテンション上がっています」
 この前の俺と完全に同じだ。
 
 入場料金の支払いを済ませてメインゲートを潜ったのは、二十分後だった。どちらかと言えば、すんなり入れたほうだろう。
 真っ先に視界に入ってくる大型水槽に、若槻がやや速足で近付いた。
「やっぱりペットショップの水槽とは違いますよね!」
 俺と若槻の感覚のツボって似ているんだろうな。きっと。
 その後、しばらく大型水槽を眺めて、日本近海の魚コーナーへと進んだ。
「スーパーの魚売り場で見慣れた魚ばっかりだけど、こうやって泳いでいる姿も新鮮だよな」
「そうですね」
「あれ? 今の気が付かなかった?」
「何がですか?」
「いや、鮮度がいいっていうのと、物珍しいっていうのを掛けて新鮮って意味だったんだけど……」
「すみません、春見さん。レベルが高過ぎてわからなかったです」
「あっ、そう……」
 本心なのか、嫌みなのかわからなくて、バツが悪かった。
 
 お次は、南国の海水生物。やはりいつ見ても綺麗で、思わずウットリする。
「やっぱり海水魚と言えば、これですよね!」
 若槻も少々興奮気味だ。
「綺麗だし、魚もカワイイのが多いし」
「でもさ、ダイビングをした人からすると、大したことないって」
 小谷のことを思い出して、少々愚痴っぽくなってしまった。それに対して若槻は「アハハハ」と明るい声で笑った。
「そんなの当たり前じゃないですか。海に潜らずに魚たちの泳ぐ姿を見られるのが水族館の魅力なんだし、比べたら気の毒ですよ」
「そうか。それもそうだな」
 当たり前過ぎることを言われて、急に恥ずかしくなった。
「もちろん、ダイビングをやってみたい気持ちはあるんですけどね」
 それなら新婚旅行で……と言おうとしたが、引かれてしまう気もしたのでやめておいた。
 深海生物コーナーと無脊椎生物のコーナーでは、さすがの若槻も「ちょっと気持ち悪いですね」と呟いた。
「でも、これも海の魅力というか、神秘的な部分の一つなんでしょうね」
 そう言って、納得したように一人何度も頷いていた。小谷と違って前向きな意見だった。

 そこで一度展示コーナーを離れ、館内にあるレストランで昼食をとることにした。入場の時と同じで、多少の待ち時間はあったが、割と早く中へと案内された。海の見える窓際の席で、防波堤を歩いたり、釣りをしたりする人の姿や港を出る船、あるいは入ってくる船が見える。白い砂浜が見えれば言うことはなかったが、これでも充分ラッキーだ。
 若槻はトマトパスタを、俺はレンコンなどが入った和風カレーを注文することにした。
「まだ半分見終わったところですけど、本当に楽しいです」
 若槻が子供のように目を細くする。
「水族館もそうですけど、こんなふうにどこかへ遊びに来ること自身久しぶりだから」  
「友達とは行かないの?」
「友達同士だと、ご飯を食べに行ったり、買い物に行ったりするほうが多いです。男友達はいないですし」
「それなら俺も同じだよ。男連中だけで集まっても飯を食うだけだ。俺以外の会員さんとは、まだどこかへ遊びに行ったりしていないの?」
 聞いてしまってから、この質問はやめておくべきだったかと後悔した。
「はい。今はまだせいぜい食事までです」
 若槻のほうは気に留めていない様子だったので安心した。
「一度会ったら、もう二度目は……って思う人が多いかな。別に理想が高いわけではないんですけどね。例えば、あまり話さない人とか、話してくれても、他の会員さんのことや会社の愚痴が多い人とか、最初の食事で一円単位まで割り勘しちゃう人とか……本当に些細なことなんですけど、それが今後、どうするのかの決め手になったりします」
「なるほどね。俺もさ、結構たくさんの女性にお断りされてきたんだけど、決め手となったのが何かまで教えてくれる人はいないんだよな。それがわかれば改めることもできるかもしれないのに。あっ、この前の人は除いてね」
「五十点しか付けてくれなかった人ですよね」
「そうそう」
 小谷のことだ。
「でも、顔が原因とか言われたらショックでしょ?」
「そのときは整形するよ」
 若槻がプッと吹き出す。
「そこまでしなくても……春見さんの気持ちはわかります。私も言ってくれたらいいのになって思うこともあるから。でもなかなか本人にハッキリとは言えないですよ。言葉でうまく言い表せない場合もあるし」
「どういうこと?」
「生理的に受け付けないとか……特に理由があるわけじゃないけど、何となく嫌だってとき」
「ああ、なるほど。感覚的な部分だよな」
「そうです。そこって指摘されたからって直せたり、変えたりできるものじゃないですから。それに文句ばっかり言っていても仕方がないし、私だって相手の人に条件を付けれるほど大した人間じゃありませんし」
 仕事以外で話をするようになってから、若槻がとてもしっかりとした考えを持った人だと知り、驚くことが多い。
「なんて、口では謙虚なように言っていますけど、実際は結構選り好みしているんですよね」
 若槻は右拳で、コツンと軽く自分の頭を小突いた。
 そこへ注文した料理が運ばれてきた。
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