「赤い糸をたどって」
赤い糸をたどって(下)

『赤い糸をたどって』 第二十四回

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 ゴールデンウィークが終わって最初の日曜日、ホテルで行われる「春よ、恋」という立食パーティに参加した。参加人数は男女共に十五人ずつ。時間は午前十一時から午後一時までの二時間。前回の喫茶店でのパーティの時のように順番に話していくわけではなく、「自分から積極的に相手を選んで会話する形式になっている」と、司会の女性スタッフ、橘が説明した。
 時間の関係上、全員と話せるわけではない。始めからある程度相手を絞っておく必要がある。立つ場所は決まっていないので、皆好きな位置に陣取っている。女性同士、仲が良さそうに話し込んでいる者もいる。「あんたら、女友達を探しに来たの?」と問いたくなる。
 とりあえず入口から順に女性を吟味していった。真ん中辺りまで見たところで、思わず「あっ」と声が漏れそうになった。下を向き、しおりにじっと見入っているのは若槻だった。突然、顔を上げて、キョロキョロと辺りを見渡し始める。
 俺と目が合った。俺と同じで「あっ」という声にならない声を出したように見えた。参加者一覧の中に俺の名前を見つけたに違いない。目を細くして小さく手を振ってくる。他の女性に気付かれないように、俺も軽く手を上げて返した。
「それではみなさん、最初にお話ししたい相手の方の近くへ移動して下さい」
 橘がそう言っても、皆、照れ臭さが捨てきれないらしく、なかなか動き出そうとしない。そして俺も例外なく、そのうちの一人だった。ここでぱっと行動できる奴はきっとブーケトスに入会なんてしないだろう。
「こういうときは男性が積極的に動きましょうね」
 橘の言葉で、男たちがようやく動き出す。当然の流れだが、会場で一番綺麗だと思える女性には男が数人群がった。
「希望が重なった場合は、譲り合うかジャンケンで決めて下さいね。もちろん、女性が指名して下さってもいいですよ」
 橘が笑顔でそう言った。譲り合いやジャンケンならともかく、女性に選ばれないというのは辛い。その時点で断られたようなものだ。それに断られた男から次に声を掛けられる女性も気の毒だ。
 俺はそういう競争率の高いところへは行かない。もちろん、若槻のところにも行かない。
 まずは一番近いところにいる女性を選んだ。取り立てて美人でもなければ、ブスでもない。ごくごく普通。見た目の派手さはないが、上品で落ち着いた雰囲気がある。
「お話ししてもらってもいいですか?」
 俺がそう尋ねると、「はい」と目を細くした。第一印象はとても良い。
「それでは皆さん、お相手が決まったら、自己紹介カードを交換して下さい」
 橘の言葉に従い、俺もその女性とカードを交換した。しかし女性からの最初の質問は、俺のプロフィールには全く関係ない内容だった。
「あちらの女性とお知り合いですか?」
「あちらの女性?」
「あの人ですよ」と、彼女が視線を移したその先には、若槻がいた。
「手を振っていたみたいですから」
 しまった。見られていたか。
「あっと、いいえ、前にパーティでちょっとだけお話しさせていただいた方です。結局、お互いに申し込みはしないままでした。なので、知り合いというほどではないんです。げっ、元気そうだなあ~」
「そうなんですね。まあ、二年も活動するんですから、そういうことがあっても不思議じゃないですよね。春見さんは入会されてからどのくらいですか?」
 どうにか誤魔化すことができ、そっと胸を撫で下ろした。
 その後、若槻を除く五人の女性と、それぞれ十五分ずつ話をしたが、あからさまに木で鼻を括ったような対応をされたり、ひたすらケーキを食べてこちらの話を聞いてもらえなかったりと、ロクなことにならなかった。
 そしてパーティは終わった。
 
 このまま収穫ゼロで帰りたくなかったので、まともに話ができた、初めの女性に声を掛けた。
「この後、予定とかありますか?」
 女性は目を丸くし、戸惑った様子を見せた。
「ごめんなさい。ちょっと予定があって……」
 そう言って、そそくさと逃げるように去っていった。
 彼女の目に俺はそれほど変な人間に映っていたのだろうか。
「フラれましたね」
 後ろから誰かの声が聞こえた。
 なんだと! という気持ちで振り返ると、そこには若槻がいた。
「立ち聞きしてたの?」
「まさか。会場から出てきたら、春見さんがあの人と話しているのが目に入ったんです」
 そりゃこんなところで声を掛けていたら、そうなっても仕方がないか。
「若槻さんと俺が仲良さそうに見えたらからって、断られたんだ」
「誤解もいいところですよね。前のパーティでちょっとお話ししただけの仲なのに」
「それも聞こえてた?」
「はい。小声でしたけど、聞こえていましたよ」
 嘘がバレた恥ずかしさで、顔が火照る。
「同僚だって言えばいいじゃないですか」
「それはそれで面倒なことになりそうだろ? つき合えばいいじゃないですか、とか言われたりしてさ」
「そうですよね。それは迷惑ですよね」
 若槻があははとわざとらしく笑った。
「それじゃ、私、帰りますね」
「ちょっと待って」
 背を向けて立ち去ろうとする若槻を、俺は無意識に呼び止めていた。
「迷惑っていうのは、若槻さんがってこと?」
 なぜそんなことを尋ねるんだろう。
 今まで若槻のことを避けてきたのは俺自身のはずだ。
 パーティでの収穫がまるでなかったからか。
 それとも誤解されたままでいたくなかったからか。
 俺にもはっきりとはわからなかった。
「いいえ。春見さんにとってという意味です」
「俺は……」
 胸が高鳴る。
「別に迷惑だなんて思っていないよ」
「じゃあ、どうしてパーティで話し掛けてくれなかったんですか?」
 若槻の顔が少しずつ朱色に染まっていくのがわかった。
「俺も迷惑だと思ったんだ。若槻さんにとって……」
 若槻は「私も……」と少し間をおいて、「迷惑だとは思いません」と首を横に振った。それから真面目腐った顔で、俺の目をじっと見返してきた。長い間、同じ職場にいるのに、こんなふうに向かい合うのは初めてのことだった。
「それじゃ……」
「はい」
「今からどこかでお茶でも飲んで帰らないか?」
「同僚としてですか?」
「いや、ブーケトスの会員として」
「それなら……」
 目一杯顔を赤くした若槻が優しく微笑む。
「答えはイエスです」
 
 ホテルを出た後、最寄駅のそばにある喫茶店に入った。道中も、注文を済ませてからも、お互いなかなかしゃべりだそうとはしなかった。二人ともどこか俯きがちで、目が合ってもすぐに逸らしてしまう。
 若槻はどうだかはわからないが、俺はというと、何だか急に照れ臭くなったからだ。
 黙っていても仕方がないので、適当に話題を探した。
「若槻さんって、今、何人くらいの人と仮交際しているの?」
 俺の質問に若槻が顔を上げたところで、ウェイトレスが二人分の紅茶を運んできた。テーブルにカップを置き、「ごゆっくりどうぞ」と言い残して俺たちの席を離れていった。
「あっ、ケーキとか頼まなくて良かった?」
「さっき食べましたし、今日はいいです。春見さん、そういうことは男性のほうから先に頼んでくれると、女性は頼み易いですよ」
「へえ、そういうもんなんだ。ありがとう。参考になるよ」
「さっきの仮交際に関しての質問なんですけど、春見さんっていつも女性にそんなことを聞いているんですか?」
「いや、そんなことないけど……」
 何が言いたいんだろう。
「私だからですか?」
「うーん。それも違うな」
「だったらいいんです。もしそうなら、やっぱり春見さんは私を同僚としてしか見ていないんだなと思ったんです。私たちって確かに同じ職場で働いていますけど、お互いのことを何も知らないじゃないですか? だったらもっと相応しい質問があるんじゃないかなって」
 若槻の言葉に思わず、笑みが零れた。
「そりゃ、そうだよな。若槻さんのことなら少しは知っている。いつの間にかそんなつもりになっていたんだろうな……ゴメン。失礼なこと聞いて」
 若槻が優しく微笑み、首を振る。
「別に怒ったわけじゃないです。ただ、これからどうなるかはわからないですけど、私にも他の会員さんと同じように接して欲しい。そう思っただけです。私も春見さんに対してはそうするつもりです」
「つまり断るときは容赦しませんってことだよな?」
「そうです」
「まだ申し込みもしていないうちからキツイよな」
「確かにね」と、若槻は少し笑った後、すぐに真剣な表情を浮かべた。
「でもこれだけはハッキリ言えるんですけど、例え何百人と仮交際していたとしても、『この人』だって思える人じゃなかったら、全員お断りします。だから何人と仮交際しているかはあまり関係ないですよ」
「そうか。よくわかったよ。それじゃさ、若槻さんにとって『この人だ』っていうのはどんな人なの?」
「うーん。そうですね」と、若槻は眉間に皺を寄せ、「フィーリング!」と右手の人差し指を立てた。
「フィッ、フィーリング?」
「そうですね。全て感覚です」
「随分、抽象的だな」
 まあ、多少はそういうところも必要なんだろうけど。
「というのは冗談で、ツボが全く同じ……とは言わないけど、近い人がいいかな」
「ツボって……笑いのツボ?」
「もちろん、それも一つです。でも笑いだけじゃなく、例えば、美味しいと感じるツボや楽しいと感じるツボ。怒るツボや悲しむツボ、いろんなツボが似ている人がいいな」
「なるほど、それだと一緒に暮らしていくのは楽だよな。どんなことをすれば嬉しいかもわかるし、腹が立つかもわかるから」
「そういうことです。今、春見さんと同じツボを一つ見つけました」
「えっ?」
「紅茶には角砂糖が一つってことです」
 そう言って、若槻はクスクスと笑った。
 面白い子だなと、改めて思う。
「春見さんにとって『この人だ』っていうのは、どんな人ですか?」
「在り来たりかもしれないけど、常識のある人、他人を思いやれる人……かな」
「ふーん。本当に在り来たりですね」
「でもさ、ブーケトスに入会して、その在り来たりが難しいってわかったよ」
「それはいろいろな女性と会った結果ってことですか?」
「そうだよ」
「例えば、どんな人ですか?」
 若槻が興味深そうに、身を乗り出してくる。
「遅刻しても謝らない人とか、夜中の三時にメールしてくる人とか、相手に点数を付けたりする人とか、かな」
「点数を付ける人って……春見さんは何点だったんですか?」
「五十点。いい人なんですけど、結婚相手としては微妙……だってさ」
「当たってますね」と、若槻がぷっと吹き出す。
「えー」
「今のところ、私にとっても、春見さんはその位置ですよ」
 少しがっかりした。
「やめてくれよ。若槻さんまで」
「ゴメンなさい。でも本当のことだから……真面目だし、優しいですけど、特別ルックスがいいわけでもないし、ハッキリ言って女性にモテるタイプではないですよね」
「グサッ。ハッキリ言い過ぎだよ」
 とは言いながらも、悔しいが、否定はできない。
 肩の辺りがずっしりと重くなる。
「まあ、そんなに落ち込まないで下さい。そうじゃなかったらブーケトスに入会する必要なんてないと思いますし……私だってきっと同じです。それに……」
「それに?」
「今のところはって話ですよ」
 そう念押しして、若槻はまた笑った。
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~ Comment ~

女心 

私としては、この流れが嬉しいですねぇ♪
待ちに待った感じなのですが、まだまだ分からないんですね、きっと。

同じ会員として扱ってほしいから、こんな会話しないでって言う若槻さんの気持ちが分かりますね。
でも知っているから照れくさい彼の気持ちも分かるし。

ドキドキするこの感じが楽しいです♪

kotanさんへ 

はい。恋愛小説の王道的展開ですよね。

ここからがこのお話の核になる部分です。
もうしばらく続くので、もう少しお付き合いくださると、嬉しいです。
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