赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第二十一回

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 カフェに着くと、小谷は迷う様子もなく、一番入口に近い空いた席に腰掛けた。「どこへ座るか」なんて悩むことさえ彼女には無駄なんだろう。ウェイトレスが水を持ってくるなり、小谷は「私、ホットコーヒーで」と素早く注文を済ませる。「春見さんは?」と急かされてしまい、「メニューお願いします」と言える雰囲気ではなくなった。仕方なくホットコーヒーを頼むことにした。
「ゴメンなさいね。あまり時間がないもんだから、つい……」
「いいえ、いいんです。それにしても忙しいんですね。友達と約束ですか? それとも仕事とか?」
「違うんです。隠しても仕方がないので、ハッキリ言うと、別の会員さんと会うことになっています」
 わかっていることとは言え、それを言っちゃマズイだろ。
「気を悪くしちゃいました?」
 顔に出てしまったのか。
 慌てて顔を手で拭う。
「いえ、別に……」 
「今日は春見さんを含めて、三人とお会いすることになっています」
「それはまたハードですね」
「全然平気ですよ。できるだけ多くの人と会って結婚相手を決めようと思ってますから。それに一生を共にする人を探すんですから、少しも苦じゃないです」
 若槻と似たようなことを言う。
 何だか自分が不真面目なようにさえ思えてくる。
「ええっとそれじゃ」と、小谷は鞄からペンとノート、A4サイズのクリアファイルを取り出し、続けて中に挟んであった青い紙をテーブルの上に広げた。彼女が再びクリアファイルを鞄に仕舞う隙に、そっとその紙を覗き見た。
 まさかとは思ったが、ブーケトスの男性会員用の紹介状……それも俺のものだった。
「小谷さんって、紹介状を持ち歩いているんですか?」
「ええ。でも初めて会うときだけですよ。あっ、心配しなくても大丈夫。落したりしませんから」
 いや、そういう問題じゃなくて……うーん。この人ちょっと感覚ずれているよな。
「どうかしましたか?」
 小谷が首を傾げる。
「あっ、いいえ、何でもありません」
「そうですか。えっと……春見さんは入会してどのくらいですか?」
 それは紹介状に載っていない情報だもんな。
「一年半です」
「うわあ、もう崖っぷちですね」
 グサッ! 結構キツイ。
「そっ、そうなんですよ。何とかしないと……」
「四十万円がパーですね」
 グサッ! グサッ!
「小谷さんって結構はっきりとモノを言うタイプなんですね」
「あっ、ゴメンなさい。人にはよくキツイねって言われます」
 小谷はあははと笑う。悪気はないのだろう。きっと……うん。そうに違いない。
「小谷さんの仕事は営業ですよね。何の営業ですか?」
「食品メーカーのルート営業です」
「小谷さんなら、皆、信頼してくれるでしょう。ダメなところはダメだと言ってくれそうですし、企画なんかは自信を持って立ててくれそうな気がします。私に任せて下さい、みたいな」
「いいえ、そんなことはないですよ。失敗もよくしますし、得意先の方と喧嘩することもありますしね」
「失敗はチャレンジした結果でしょうし、喧嘩をするということはそれだけ熱意を持って取り組んだからじゃないですか?」
「ふーん」と小谷が何度も頷く。
 何か可笑しいことを言ってしまっただろうか。
「春見さんもさすが営業ですよね。口が上手です」
「本心のつもりだったんですけどね」
 俺が冗談めかして答えると、小谷が目を細くした。多少ずれているところはあるものの、彼女は賢い人のようだ。
「でも僕なんて本当、適当にやっているだけですよ」
「春見さんって確かA型ですよね?」
 小谷はそう言って、紹介状を確認する。
「そうです」
「血液型から言って、適当ってことはないでしょうね」
「いや、血液型なんて当てになるかどうか……」
「私の経験上、間違いないです。そして私はA型の人とは一番相性がいいんです」
「そうなんですか?」
「逆にB型とは全く合わないので、絶対に申し込んだり、お受けしたりはしないんです」
 この道が正しいと思い込んだら、なかなか方向転換しないタイプなんだろう。
「よく趣味が合うほうがいいって言う人がいますけど、私は相手の方の趣味なんて別に何でもいいんです」
 小谷の趣味はスキー、ダイビング、登山。俺とは対照的なアウトドア派だ。合うはずがない。
「結婚して、子供ができたりすれば、どうせ趣味に費やせる時間なんてグッと減るし、もし共通の趣味をって言うんだったら、歳をとって、子供が独立してから探してもいいんじゃないかな」
 確かに間違ってはいない。それにしても随分先のことまで考えている。
「それからお給料にもあまりこだわりません。私は結婚してからも働くつもりですし、夫の稼ぎだけで家族を養っていくっていう昔ながらのやり方は、もう通用しませんからね」
 彼女の確固たる独立心に圧倒されてしまいそうだった。楽と言えば楽だが、あまり働きぶりに期待されていないようで、男としては寂しい気もする。下手をすれば、「財布は別々で」なんてことも言いかねない。それって夫婦としてどうなんだろうか。
 小谷が先程鞄から取り出したペンとノートを手にする。
「まず……春見さんは家事の分担についてはどう考えていますか?」
 どうやら俺の答えをメモするつもりらしい。
「お互いの勤務時間と相談してだと思います。不公平がないようにするべきですね。得手不得手も考慮すべきだし」
「料理はできますか?」
「簡単なものなら。例えば、玉子焼とか、チャーハン、カレー、焼きそば、唐揚げくらい」
「玉子焼き、チャーハン、カレー、唐揚げと……」
「焼きそばが抜けてます」
「あっ、焼きそばもね……本当に簡単なものだけですね。でもできないより全然マシです」
「それはどうも」
 小谷の遠慮ない言葉に苦笑するしかなかった。
「春見さんは一人暮らしですよね?」
「そうです」
「それならオッケーです」
「どういうことですか?」
「私、一人暮らしの経験がない人はお断りするようにしているんです。生活力に乏しいイメージがあるし、始めから家事の分担ができないでしょ?」
「うーん。多少の時間があれば、すぐに覚えられると思いますけど……」
「教える時間が勿体ないですよ。仕事だって同じじゃないですか? 未経験の人より経験者を雇うほうが即戦力として期待できるでしょ?」
「はあ……」
 なぜだか責められているような気分になった。
「次の質問ですけど、両親との同居は考えていますか?」
「今のところは考えていませんけど、必要ならするつもりです。こればかりは両親と相談しないと決められないですね」
「例えば、私の両親と同居することになったらどうですか?」
「それも要相談です」
「なるほど。春見さんって正直ですね」
 すらすらとペンを走らせた後、小谷はそう言って笑った。
 褒められているんだろうか。
 小谷の質問は更に続く。
「子供は何人欲しいですか?」
「えーっと……」
 少し考え込んでいると、小谷が「ちょっと待って下さい」と、口を挟んだ。
「何でしょう?」
「できたらこの件に関しては、いい恰好をしようとか、私の考えに合わせようとか思わないで、正直に答えて下さい」
「どういうことですか?」
「子供のことって意外と難しくて、神経質にならないといけない部分なんですよ」
「そうなんですか?」
 今一つ、実感が湧かない。
「だって一人じゃどうにもならないことじゃないですか。絶対にパートナーの協力がいるでしょ? 自分が三人は欲しいと思っていても、相手は一人もいらないって言うかもしれない。そうなるとうまくいきません。結婚前は子供が好きって言っていたのに、いざとなると、あまり子供が好きじゃなかったって知らされて、離婚した人が私の友達にもいます」
 そこまでなのか。その辺りはどうにでもなると思っていた。
「それだけじゃないですよ。この問題はお互いの両親にも関係してきます。子供が結婚したら、大抵の親は孫の顔がみたいと思うものです。そこへ、実は相方が子供嫌いでとはなかなか言えませんよね? そうそう、さっき話した私の友達は、そんな男なら離婚しなさいって両親に言われたそうです」
 鳥肌が立った。どうやら軽く考え過ぎていたらしい。
「それでは改めて質問です。春見さん、ズバリ子供は何人欲しいですか? 一人もいらないと言うのなら、それでも結構です。とにかく嘘だけは付かないで下さい」
 ずっしりと重たい言葉だった。別に追い込まれる理由などないのに、息が苦しくなる。いやいや、深く考える必要などないのだ。正直に答えればいい。
「ひっ、一人か二人です」
 思わず声が上ずる。
「ファイナルアンサー?」
いつのクイズ番組なんだと思いながらも、自分の出した答えが間違っていたような気さえしてしまう。
「ファイナルアンサー」
「ざんね~ん!」
 小谷が嬉しそうに笑う。まるで外れて欲しかったみたいだ。
 しかしすぐに「冗談です」と真顔に戻った。
「私も一人か二人でいいなと思っています」
「なんだ。そうだったんですか」
 なぜかホッとする。
「三人以上になると、経済的なことや年齢的なことが気掛かりですからね」
「そうですよね」
 いつしかカラカラに乾いていた喉を潤すため、コーヒーではなく、水に口をつけた。

 その後も小谷の質問は続いた。
 家を買うならマンションか戸建てか、貯金はどのくらいあるか、勤務時間はどのくらいで、転勤の可能性はあるか、など。
 そうこうしているうちに約束の午前十一時がやってきた。
「それでは今日の面接を終了します」
「ありがとうございました」
 小谷の言葉に対し、流れで礼を言ってしまったが、「面接」とはなんなのだ。
「こちらこそありがとうございました。また連絡させてもらいますね」
 小谷はそう言いながら片付けを始め、テーブルに自分のコーヒー代を置いて、そそくさと店を出ていった。
 本当に会社の面接を受けたような気分で、妙に疲れてしまった。そのまますぐに帰る気力はなかったので、改めてアイスティーを注文した。
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~ Comment ~

面接 

私も途中まで読んで“面接”みたい・・・と思いました。
パリッとした感じで素敵ですが、結婚となるとどうなんでしょうかねぇ。
日々の生活習慣を決めるのにも、協議が必要になりそうですね。

テンポがある文章で面白いです♪

kotanさんへ 

 そうですね。
 結構キツイ性格かもしれませんね。
 サバサバしていていいと言う人もいるかもしれませんが……。
 やっぱり女性はかわいらしい人が好きです。私は。笑。
 
 この辺り、会話重視でテンポの良い文章を心がけているので嬉しいです。
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