赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第二十回

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 若槻はわざとらしく、「はじめまして」と頭を下げてくる。「あっ、はじめまして」と俺もそれに応える。もはや気まずさのようなものはない。一応、自己紹介カードを交換する。
「まさか春見さんがブーケトスの会員だったなんて、思ってもみませんでした」
「俺だって同じだよ。だって若槻さんはまだ結婚とか考えているようには見えなかったしさ」
 本当は知っていたけどね。
「そんなこと言ったらまた牛島さんがうるさいでしょ?」
「そりゃそうだよな……若槻さんは会して長いの?」
「半年くらいです。春見さんは?」
「もうすぐ一年半」
「ええっ! じゃあ、契約期間はもう後半年ですか?」
「そうなんだよ」
 改めて指摘されると、気が重くなる。
「延長するんですか?」
「おいおい、もうダメみたいな言い方しないでくれよ」
「あっ、ゴメンなさい」と、若槻は慌てたように右手を口に当てる。
「頑張って下さいね」
 まるで人ごとだ。若槻は俺に申し込むつもりは全くないらしい。
 いつも通りの無邪気な笑顔。そこで、あることに気が付いた。
「あれ? 若槻さん……」
「どうかしました?」
「いつもと化粧が違うよな?」
 厚化粧と言えば言葉は悪いが、普段のしているかどうかがわからないような化粧とは明らかに違う。何より目元がぱっちりとしている。
「気が付きました? 私だって戦場へ行くときは戦闘態勢で行きますよ」
「ここが戦場なら、会社は何なの?」
「家からちょっと離れたショッピングモールってとこかな。多少は気を使っていますみたいな」
「近所のコンビニよりマシな程度か」
「そうそう。スッピンじゃないですからね」
 お互い顔を見合わせて笑う。
 やっぱり彼女と話すのは楽しい。
「会社でも今の化粧にしてみたらどう?」
「えー、嫌ですよ。面倒臭いもん。必要ないし」
「いや、少ないとは言え、接客することもあるわけだし」
「接客はほぼ真央ちゃんに任せているからいいじゃないですか」
 真央ちゃんというのは、昨年の四月に入社した二十歳の女の子で、カワイイというより美人の類に入る。ただし、根が真面目で気がキツイため、男連中も下手なことが言えない。若槻より遥かに扱いにくいタイプだ。
「いや、そうじゃなくて……」
「何ですか? はっきり言って下さい」
 若槻がどこかイライラとしているように見える。
 ダメ出しされると思っているんだろうか。
「カワイイなって思って……」
「えっ」と呟いて、若槻は目を丸くする。みるみるうちにその顔が赤くなっていくのがわかった。
「ありがとうございます」と下を向く。照れ隠しのためか、俺の自己紹介カードに視線を移す。
「趣味はアクアリウム……だから、あの時」
「そういう訳なんだ。映画しか書いていなかったからさ」
「あれからどうですか? うまくいっていますか?」
「うーん。微妙かな。水替えは正直面倒だし、水草は枯れるし、苔は大量に発生するしで、とてもじゃないけど、『癒してくれる』なんて言えないな」
 白井に言った嘘がバレるが、もはや隠す必要がない。
「魚を飼うだけなら簡単だけど、手入れをして、綺麗な水景を作って維持していくのはやっぱり難しいよ」
「その道のプロがいるくらいですもんね」
「そうそう。趣味はアクアリウムなんて書いちゃダメなんだろうな、きっと。若槻さんの趣味は……」
 彼女の自己紹介カードに目をやってみた。
「ええっと、ペット、お菓子作り、料理か……お菓子って何を作るの?」
「あっ、えっと、それは春見さんのアクアリウムと似たレベルです」
 若槻がペロリと舌を出す。
「始めて間もないってこと?」
「いいえ、始めたのは随分前なんですけど、すぐにやめちゃって……」
「なんだ、そういうことか」
 自己紹介カードに「ギター」と書かなくて良かった。
「私もこれと言って大した趣味がなかったから……アドバイザーさんには昔やっていたことでもいいからって言われました」
 まさか……。
「若槻さんの担当アドバイザーの人、何て名前?」
「梅田さんっていう女性の方です」
 思わず吹き出してしまった。
「俺と一緒だよ」
「そうなんですか?」
 若槻が目を丸くしたところで、「はい。そこまでです」と、宇佐美が手を挙げて席を立った。
「自己紹介カードを前の方にお返しして下さい。皆様、お疲れ様でした。本日のパーティはこれにて終了です。今回の申し込み可能人数は三名までとなっています。以前お断りした方、された方にも申し込みができますので、お間違いなく。もしいいなって思う人がいたら、この後、どこかへ行くのもありですよ。男性の方は頑張って下さいね。それでは気を付けてお帰り下さい。本日はありがとうございました」
 宇佐美はまくし立てるようにしゃべって疲れたのか、「ふうっ」と溜息をついて、再び席に座った。
 会員たちがぞろぞろと店を出ていく。俺と若槻もそれに続いた。
 店から少し離れたところで、改めて「若槻さん」と声を掛けた。
「どうかしました?」
「これからどこかでもう少し話さないか?」
 いつの間にか彼女ともっと話しがしたいという気持ちが芽生えていた。
「それはブーケトスの会員としてですか? それとも同僚としてですか?」
 若槻が顔を赤くする。
「俺にもわからないんだ。両方かな?」
「だったらお断りです」と、真顔で返された。
 正直過ぎたようだ。
 若槻がいつもの笑顔に戻る。
「なんて……冗談です。別の会員さんとこの後、待ち合わせをしているんです」
「そう……」
 なんだろう。この裏切られたような感覚は……そこまではっきり言うなんて、やっぱり俺は、彼女にとってただの同僚なんだろうな。
「ゴメンなさい」
「いや、いいんだ」
「それじゃ、お疲れ様です」
「あっ、若槻さん」
「はい」
「俺がブーケトスの会員だったってことは、会社の皆には内緒にしてもらえるかな?」
「いいですけど、どうしてですか?」
「恥ずかしいだろ? 若槻さんも」
 当然そうだろうというつもりだったが、若槻は笑って首を振る。
「私は別に恥ずかしいとは思いません」
「本当に?」
「そりゃ確かに、牛島さんとかにいろいろ詮索されるのは面倒ですけど、婚活していることやブーケトスに入会していることは恥ずかしくありません」
 実に清々しい顔をしている。その言葉に嘘はないのだろう。
「だって一生を共にする人を探しているんですから。胸を張ってもいいんじゃないですか?」
 今のは俺に対する問いかけだろうか。
 答えを返さぬうちに、若槻は「それじゃ」と俺に背を向けてその場を去っていった。
 ポツンと取り残されたような気がした。

 若槻から申し込みが来るんじゃないか。
 密かにそんな期待をしていたが、結局、それは外れた。翌日以降も、若槻の態度は今までと何ら変わりがなかった。
 他の会員からの申し込みもなく、俺から申し込んだ若槻以外の女性三人からも、全てお断りの連絡が来た。他の会員からの申し込みもなし。
 つまり今回のパーティでの収穫はゼロということだ。

 小

 四月になって申し込んだ女性のうち、一人から「お受けします」の紹介状が届いた。いよいよ期限も半年が過ぎた。そろそろ当たってもらわないと困る。
 小谷亜季。
 年齢は二十九歳。キリッとしたシャープな顔つきは、どこか気が強そうに見える。
 俺としては、遠慮してしばらくメールで話をするつもりだったが、小谷のほうが「時間が勿体ないので、会ってお話ししましょう」と、最初のメールで返事を送ってきた。日時は次の日曜日、午前十時から十一時の時間限定。しかも彼女の次の予定に合わせて、待ち合わせ場所まで指定付きだった。何だか忙しなくて落ち着かない気分だが、有難いと言えば有難い。

 約束の日が来た。
 予定が詰まっているということだったため、遅れていくのはマズイと思い、いつもより早めの十五分前に到着できるよう、待ち合わせの駅の改札を目指した。
 メールのやり取りもほぼゼロの状態で会うことになったため、小谷がどんな女性なのか、全く見当がつかない。さすがに紹介状を持ち歩くわけにはいかないので、とりあえず、隅から隅まで眺めて、詰め込める限りの情報を頭に詰め込んできたつもりだ。
 待ち合わせ場所に着くなり、後ろから「春見さんですか?」と声を掛けられた。
 小谷だ。
 俺が「そうです。春見です」と答えると、小谷は「はじめまして」と少しだけ笑って深く頭を下げた。慌てて俺もそれに倣う。
 随分前に会った高崎も美人だったが、彼女もそれに劣らぬくらいの美人だと言える。ただ、高崎のような親しみ易さがないというか、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「この近くにカフェがあるので、そこで話をしましょう」
 小谷が俺の返事も聞かずに、先に歩き始めたため、俺は慌てて彼女の横に並んだ。
 時間がないって言っていたもんな。
「何だか忙しなくてすみません。でも約束の時間より早めに来てくれたので助かりました」
 小谷は足取りを緩めることもなく、せかせかと前へ進む。
「いいえ。いいんです。僕のほうこそ早々に会ってもらえて助かります。中には『まずメル友から』なんて言う人もいますからね」
「それはヒドいなあ。大金を払ってメル友探しなんて有り得ないですもんね。私、メールってあんまり好きじゃないんです。面倒だし、電話したほうが早いでしょ?」
 随分、さばさばとした性格のようだ。
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~ Comment ~

こんばんは! 

いつも自然でいられる若槻さんとの会話が良い感じですがねぇ。ラフで、素敵なカップルになりそうですけど。
やはりひとりひとり、結婚への思いが違いますからね。
う~ん、先が全然分からないです♪

新たな女性も、気になるところです。

kotanさんへ 

そうですよね~。やっぱり知っている顔って言うのは自然と会話が弾むものです。
ただ、彼女が春見を結婚相手の候補として選ぶかどうかはまだ微妙ですね。
今回は申し込みナシでしたし。

新しい女性については次回。
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