赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第十八回

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 待ち合わせに使ったロータリーに車が到着した。
 山上が「今日はどうもありがとうございました」と笑顔を見せた。それを見ても、「もういいか」とはならなかった。
「山上さん」
「はい」
「あれはあんまりなんじゃないですか?」
「何のことですか?」
 山上は自分のしたことに対して悪気を感じている様子はない。
「僕に断りもなしに御両親と会わせたことです」
「ああ、そのことですか。あまりに突然で心の準備をする暇もなかったですね。ゴメンなさい」
「いや、そういうことじゃないんです。僕たちってまだつき合っているわけではないですよね? ブーケトスは結婚相手を……」
「ちょっと待って下さい」と、山上が俺の言葉を遮る。
「私、春見さんとは結婚を前提としておつき合いをしていると思っていました」
 なぜそういう発想になるのか。
「確かに僕は山上さんに対して良い印象を持っていました。でもまだ結婚相手として決めたというわけではありません。プロポーズどころか、本交際を申し込んでさえいませんよね?」
 山上の顔がみるみるうちに険しいものへと変わる。
「私を騙していたんですか?」
「騙す?」
 思いもよらぬ言葉に声が裏返った。
「あれほどお金に対する価値観とか両親との同居のこととか話しましたよね? 結婚式のことも話したし、温泉旅行の約束もしました」
「あれは考え方を話しただけであって、そんなに深い意味はありません。温泉旅行の件も社交辞令と言えば表現が悪い……」
 山上がキッと鋭い目で俺を見る。
「社交辞令って……春見さんってそんないい加減な気持ちで婚活しているんですか? 真面目にやっている人に失礼ですよ」
「いや、そういうわけではありません」
「それなら、両親に会ってくれと言った時点で断ってくれれば良かったでしょ?」
「あの状況では断れませんよ」
「父も母も騙したんですか? とても嬉しそうにしていたのに……私、二人に何て言えば……」
 今度は涙目になる。
 ダメだ。なぜこんなことになった。
「もし僕の態度が、山上さんの誤解を生むようなものだったのなら謝ります。ゴメンなさい」
 そうしないと納まりがつかない。
「申し訳ありませんけど、まだ山上さんとは結婚をするとかしないとか、そこまで決め切れていないんです。もう少し様子見というわけにはいきませんか?」
 山上は何も答えずに鼻を啜っている。気まずい雰囲気は変わりそうにない。
「一度考えて下さい。すみません。僕はこれで失礼します。ありがとうございました」
 半ば強引に助手席を降りて、その場を離れた。
 しばらく行ったところで振り返ってみると、山上の車はまだ同じ場所に停まったままだった。
 完全に俺が悪いような形になってしまい、正直気が重たかった。「もう少し様子見で」なんて言ったが、彼女の思い込みの激しさと結婚願望の強さにはついていけそうもない。
 うまく断ろう。

 小

 結局、その日は山上から連絡が来ることはなかった。
 日が変わり、いつもなら出勤前にメールが来るのだが、それもなかった。こちらから様子窺いのメールを送ってみようかとも思ったが、これ以上変な思い込みをされても困るのでやめておいた。
 
 山上から音沙汰がなくなって三日が過ぎた。
 ひょっとすると、すでに俺の紹介状を返却したのかもしれない。それならそれが一番いい。
 そう思っていた矢先、アドバイザーの梅田から電話が掛かってきた。営業の途中に、コンビニでお茶を買ったところだった。
『もしもし、春見さん? ブーケトスの梅田です』
「ご無沙汰しています。珍しいですね。どうかしました?」
『ちょっと話があってね。今、お時間大丈夫?』
 一体なんだろう。
「少しなら」と答えて車に乗り込んだ。
『山上栄子さんって知っているわよね?』
 思わずドキッとする。
「はい。知っています。一応、仮交際中ですけど……」
『昨日その山上さんからうちの支社にクレームの電話があったのよ』
「クレーム?」
 予想もしない言葉にケータイ電話を落しそうになった。
『そう。結婚する気のない人が会員にいるってね』
「僕のことですか?」
『心当たりある?』
 俺は、山上との間で起きた一連の出来事を梅田に話した。
『なるほど、そういうことだったのね』
「言いがかりもいいところでしょ?」
『確かにそうねと言ってあげたいけど、中にはそんなふうに勝手に盛り上がっちゃう人もいるわよ』
「本当ですか? だとしたらこれから先、ちょっと不安ですね」
『まあ、そこまでするのは特殊だけどね』
「そうですか。気を付けたほうが良さそうですね……それで僕はどうしたらいいんですか? お菓子でも持って謝りに行ったほうがいいんですか?」
『そんなことしたら余計ややこしくなるわよ。一応こちらで話し合った結果、山上さんからのお断りを受理すると同時に、春見さんには厳重注意という形にしておいたわ。さすがに強制退会まではできないから』
「助かります」と梅田に告げて、電話を切った。
 喜んだはいいが、これでまた手持ちの紹介状は沢口だけになった。
 暦は三月。会員期間は残り半年強。

 小

 三月の申し込み分に全てお断りの返事が届いた頃、母から電話が掛かってきた。正月以来、一度も実家へ顔を出していないため、久しぶりに親子揃って夕食を食べないかという話だった。しばらく会っていないのも確かだし、特にこれといった予定もなかったため、オッケーした。
 メニューは寿司と天ぷら、そしてお吸い物。寿司と言っても、近所の回転寿司のお持ち帰りだ。もちろん、奢りのため、文句は言えない。
 そう言えば、長い間、二人を外食に連れていった覚えがないことを思い出した。
 夏のボーナス次第で考えてみるか。
 食事を終えて、食卓で緑茶を啜っていると、母が「大地、ちょっといい?」と大きな封筒を持ってきて、俺の正面に座った。ソファに移動した父が、ちらりとこちらを見たのがわかった。
 察するに今日は何か特別な話があって俺を呼んだに違いない。
「実はね、竹城さんの奥さんに教えてもらったんだけど……」
 竹城さんというのは母の友達らしいが、俺はよく知らない。聞いた話によると、俺とそれほど歳の違わない息子がいるらしい。
 母が封筒から取り出したパンフレットのようなものを俺に差し出す。白い表紙に赤いバラの絵が散りばめられており、真ん中に少し控えめな大きさで「婚親会への招待状」と書いてある。
 嫌な予感がした。
「婚親会って言ってね。未婚の子供を持つ親同士がまずお見合いをして、お互いが気に入れば、次は子供同士がお見合いをする。そういう集まりなのよ」
 予想通りだ。
「それで、いい相手がいそうってわけ?」
 恐る恐る尋ねてみた。
「まだ説明会に行っただけよ。でも参加してもいいかなとは思っている。放っておいたら、あんたいつまでも動かなそうだし」
 もうすでに動いているんですけど。
「知ってる? 三十過ぎると生活環境も変わりにくくなるから、出会いもグッと減るんだって。その通りでしょ?」
 一体誰に聞いたんだ。説明会の受け売りか。
「あんたが見つけられないなら、私が相手を探してあげるから」
 母の言い方に思わずカチンと来た。
「大きなお世話だよ。結婚相手くらい自分で探すよ」
「大見栄切って、当てはあるの?」
「あるよ。少なくともゼロじゃない」
 こういうのを「売り言葉に買い言葉」って言うんだろうな。ゼロじゃないが、限りなくゼロに近い。
「そう。それなら安心だわ。ねえ、お父さん?」
 母の問いかけに、父は視線はテレビのまま、「そうだな」と答えた。興味があるのか、ないのか、どこの家庭でも大抵口喧しいのは母親のほうなんだろう。
 しばらく実家には近寄らないほうが良さそうだ。

 小

 オプションAの効果がなくなり始めていた。あれほど大量に送られてきていた紹介状も、今ではすっかり来なくなり、以前と同じ状態に戻っていた。
 かくなる上は「パーティ・イベントへの申込」しかない。ブーケトスの支社や小さな喫茶店で十数人を集めて行われる小規模なものから、有名ホテルで百人以上の参加者が集まる大規模なものまで、毎月いくつものパーティやイベントが催されている。もちろん、無料というわけにはいかない。参加料は数千円から数万円までピンキリ。
 相手の容姿がわかる点で、マイページの会員検索機能より勝負が早いため、パーティ・イベントメインで活動している者もいるらしい。言い換えれば、瞬間的にトドメを刺される可能性もあるわけで、夢を見る時間さえ与えてもらえなかったりする。容姿にイマイチ自信がない俺は、一発アウトを恐れて避けてきたが、もはやそんなことを言っている場合ではない。今となっては、むしろ時間の短縮ができて有難いというものだ。
 マイページにアクセスし、予約受付中のパーティを検索した。大人数のパーティならばチャンスは増えるが、その分ライバルも多いし、誰の印象にも残らない可能性も高い。それならば、規模の小さいパーティに参加し、限られた相手の中からいい人を探すほうが競争率も低いし、内容の濃いものになるはずだ。
 二週間後の日曜日に、男女合わせて二十人のパーティが見つかった。つまり十対十。多過ぎず少な過ぎず、手頃な人数だ。場所は喫茶店。参加費用は二千円で、ワンドリンクがサービスされる。
 ホテルのような畏まったところより、気軽に話ができそうだし、費用も安い。
 迷うことなく「参加」ボタンをクリックした。
 その後、似たような条件のパーティを探し出して、それにも参加することにした。
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~ Comment ~

おはようございます♪ 

山上さんと同じような状況の現在、ドキッとしてしまいました・・・
こちら側としては真面目に過ごしているので、ルールが守れない人は許せない・・・と、これは私の現況ですが(笑)。
やはり結婚を真面目に考えて入会した人では、このような付き合い方では誤解を招いてしまうのかも知れませんね。。
私は「結婚」ではないのですが(笑)、生真面目に生きていると相手が許せなくてモノスゴイ勢いで抗議してしまう。
多分相手は、私をクレーマーだと思ってるんだろうなぁ・・・

kotanさんへ 

 今回、春見も決して不真面目だったわけではないので……。
 山上さんがちょっと焦り過ぎた感じですね。
 温泉旅行に関して、「社交辞令」という言葉が出ましたけど、あの続きとしては「社交辞令と言えば表現が悪いですが、機会があればという意味です。まだ二人きりで旅行に行くとようところまでは行っていない気がします」
 という感じですね。
 しかも何の前置きもなく両親に会されたんですから、多少の不信感を抱いてもおかしくはないです。
 春見の気持ちもわかってやってください。笑。
 
 kotanさんは生真面目なんですね。私もどちらかと言えば、そっちのほうで、曲がったことは嫌いです。
 世の中いろんな人間がいて、それが許せる人と許せない人がいるんですよね。
 腹立たしいこともありますが、どうしようもありません。
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