赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第十七回

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 橋添のスケジュールに合わせるため、結局、大した話をすることもなく、スイーツを食べただけで帰ることになった。
 ケーキ三つを一気に胃の中へ放り込んだため、少し気分が悪かった。車に乗り込み、シートベルトを締めると、思わず「おえっ」という声が出そうだった。
「橋添さんの家の近所まで送りますか? それともどこかの駅がいいですか?」
「じゃあ、F駅でお願いします。そこまで彼氏が迎えに来てくれるので」
「了解です」
 ギアをドライブに入れて、ゆっくりとブレーキから足を離した。車が十センチほど進んだところで、俺は再びブレーキを踏んだ。
「えっ、今、何て言いました?」
「F駅でお願いしますって」
「いや、その後です」
「そこまで彼氏が迎えに来てくれるので」
 やはり聞き違いではなかった。
「ちょっと待って下さい。橋添さんは彼氏がいるのに、別の男性を探しているんですか?」
「そうですけど、可笑しいですか?」
 橋添が目を丸くする。開き直りではなく、本気で俺の言っていることが理解できない様子だ。
「今の彼氏はどうするんですか? 結婚相手が見つかったらサヨナラですか?」
「そのつもりです」
 そんな就職活動みたいなことがあり得るのか。今の会社で働きながら次を探すような感覚。「次に行っても頑張れよ」と彼氏は笑顔で見送ってくれるのか。
「だって彼氏と結婚相手は違うじゃないですか。彼氏は遊びに行く場所をたくさん知っている人とか、話が面白い人とかがいいですけど、結婚相手は経済力があって、誠実で真面目な人じゃないと」
 確かに言っていることは間違っていない。しかしやっていることが正しいとも思えない。
「ブーケトスに入会していることは彼氏には内緒ですか?」
「いいえ、知っています」
 それはそれで驚きだ。
「何も言わないのですか?」
「応援してくれていますよ。早くいい人が見つかるといいねって。彼は結婚とかまだ興味がないからもう少し遊びたいって。それにフリーターですし、結婚相手としては相応しくないでしょ?」
「今の時点で別れたりはしないのですか?」
「嫌いじゃないのにまだ別れる必要なんてないじゃないですか。相手が見つかってからでも充分間に合いますよ」
 これが今時の若い子の発想なのか。やっぱり理解できない。
「あの、春木さん。そろそろ行かないと彼氏が待っているので……」
「俺は春見です」
 タイヤがキイッと鳴いて、車は前に飛び出した。
 マンションに帰ったら真っ先にお断りのメールを送ってやる。
 頭の中でそう決意していた。

 小

 翌週の日曜日は山上と温泉へ行くことになった。温泉と言っても足湯で、車で二時間程度のところの温泉街にある。料金は無料。それも一か所ではないため、ちょっとした「足湯めぐり」が楽しめるらしい。
 今回の行き先を決めたのも、やはり山上だった。
 俺のほうからも行き先をいくつか提案したのだが、前回と同様、「そこには行ったことがある」と切り捨てられた。
 そして言うまでもなく、運転も山上だ。もうどこでも好きなところへ行ってくれという気分になった。

 他の会員のことを話すのは気が引けたが、橋添の件について山上に聞いてもらった。とにかく誰かに愚痴りたかった。
「僕にはどうしても理解できなかったので、お断りをすることにしました。山上さんはどう思いますか?」
「それは私にも理解できないかな」
「そうでしょ?」
 自分の感覚が可笑しくなかったんだと知ってホッとする。
「今時の若い子って一括りにしてしまうのも良くはないですけど、やっぱり考え方や感じ方に多少のズレはあるかもしれませんね」
「山上さんもそんな経験ありですか?」
「ブーケトスで、というわけではないです。会社の女の子たちと接していると、時折そう思うんです。同僚ならともかく、結婚相手となると、さすがにキツイですよね」
「言えてるかも。最近は『離活』なんて言葉もあるくらいですから、密かに次の相手を探される可能性は充分に考えられますよね。怖い怖い」
 両腕を抱えて、体を震わせるフリをすると、山上が笑った。

 山を切り開いたドライブウェイを途中で降りると、目的の場所は「もうすぐそこだ」と山上が教えてくれた。これまでも何度か来ているらしく、全く道に迷わなかった。
 温泉街ということで、当然浴衣の客が多いのだが、俺たちのように普段着の者も少なくはない。
「あの人たちは多分、今、足湯に浸かっているところですね」
 山上が指差した方向を見ると、東屋の下で、数人が向かい合ってベンチに腰掛けている。足元まではよく見えないが、そこが足湯になっているのだろう。
 空いている有料駐車場に車を止めて、いよいよ「足湯めぐり」に繰り出した。予め、山上に聞いてサンダルとタオルは用意してきていた。近くに見える山には、未だチラホラと雪が残っており、素足だと少し堪える。俺が寒そうにしているように見えたのか、「お湯につかればすぐ温かくなりますよ」と、山上は笑った。
 しばらく歩いたところで空いている場所を見つけた。「あそこに入れてもらいましょう」と、山上は率先して見知らぬ人に声を掛けて、二人分の席を確保した。やはり今までのタイプの女性とは違うことを改めて実感した。
 先にベンチに腰掛けた山上は躊躇うこともなく、ズボンを巻くってすっと両足を湯船に入れた。俺も隣に座ってそれに倣う。熱過ぎやしないかと、少々警戒しながら、ゆっくり足を入れる。自分のビビリ加減に呆れてしまう。
 何の心配もいらなかった。それどころか、冷えた足を優しく温めてくれる、ちょうど良い湯加減だった。
 山上の話によると、近頃、足湯はとても人気で、鉄道の駅や道の駅、空港、サービスエリアなど、いろんなところに施設が増えつつあるということだ。冷え症の改善や心身のリラックス、疲労回復などの効果が期待できるうえ、全身浴よりも身体への負担が少ないのが魅力らしい。
 浸かり過ぎるのも良くないということで、十分ほどすると、別の場所へと移動した。
「どうですか? 春見さん。少しは温まりましたか?」
「はい。それに気持ちがいいです」
 たまにはこういうのも悪くないな。

 その後、いくつかの足場を回って、定食屋で昼食をとることにした。二人揃って山菜そば定食を頼んだ。かやくご飯と、デザートとして黒蜜きなこ餅がついている。
「春見さんは温泉なんてあまり行かないんですか?」
 そばに息を吹きかけて冷ましながら、山上が尋ねてくる。
「そうですね。仲のいい友人が三人いて、年に一度くらいは泊まりがけで行っていたのですが、そのうち一人が結婚してからは行かなくなりました。やっぱり家族が優先になりますから」
「他のお二人は独身?」
「はい。でも皆、仕事が忙しいようでなかなか予定が合いません」
「私も似たようなものです。それなら今度は一泊二日の温泉旅行にでも行きましょうか?」
「そうですね。そうしましょう」

 昼食を終え、少しだけ足湯めぐりの続きをやってから帰ることにした。
 腹が満たされ、いい加減で身体が温まったせいか、車の中で眠気に襲われた。
「寝てくれてもいいですよ」
 山上に悟られぬよう必死で欠伸を堪えていたつもりだが、うまくいかなかったようだ。
「いや、大丈夫です。すみません」
「気にしなくていいですよ。春見さんはお仕事の帰りも遅いですし、疲れていらっしゃるんでしょう」
 何とも情けない話だ。しかしこのまま眠気を堪えて欠伸ばかりするのも印象が悪い。
「じゃあ、お言葉に甘えて五分だけ。五分経ったら起こして下さい」
「わかりました」
 緊張の糸がプツリと切れてしまったのか、目を閉じるとあっという間に眠りの世界へと落ちていった。

 小

「春見さん」
 体を揺すられて、目を覚ました。五分だけとはいえ、随分頭がすっきりとした。
 今、どの辺りだろうと、窓の外へ視線を移した途端、思いもしない光景に息を飲んだ。
 どこかの家の駐車場に車が止まっているのだ。それに俺が眠り始めた頃に比べると、辺りが薄暗い。どうやら俺の睡眠時間は五分なんてものではなかったらしい。
「山上さん、ここはどこですか?」
「私の実家です」
「実家……」
「近くを通ったので、寄ったんです」
 いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「父と母が春見さんに会いたいって言っているので、会ってもらえますか?」
 まさかの展開になりつつあった。サイドミラーを覗くと、玄関前に立つ、山上の母親らしき女性の姿が見えた。この状況で「嫌だ」と言うのはなかなか勇気がいる。
「わかりました。でもさすがに長居はできないので、少しだけです」
 これが俺にできる、せめてもの抵抗だ。
 車を降りて、玄関先で母親と軽く挨拶を交わした後、リビングに案内された。「座って待っていて下さい」と言い残して、山上は部屋を出ていった。ソファに腰掛けると、溜息と言うより荒い鼻息が出た。
 ハッキリ言って俺は腹を立てていた。
 しばらくすると、山上が両親を連れて戻ってきた。無意識にすっと立ち上がって、「はじめまして。春見です」と自分から先に自己紹介をしていた。もちろん、内に秘めたる怒りの感情は決して見せないようになっている。
 営業マンとしての性だろう。
 俺の隣に山上が、その前に両親が座る形となった。テーブルにはケーキとコーヒーが並んでいる。近くを通ったから立ち寄ったという割には用意がいい。こっちは何の用意もできていないというのに。会社見学のつもりで来たのに、実は面接だったというようなものだ。
 両親は七十を過ぎていると山上は言っていたが、二人とも髪に白いものが多く見受けられるものの、肌の張りや話し方、物腰、どれをとっても元気そうに見える。
 父親がコーヒーに手を伸ばしながら、「足湯めぐりはいかがでしたか?」と尋ねてきた。
「足湯なんて初めてだったのですが、思った以上にリラックスできました」
「私も家内も温泉が好きで、よく行きます。足湯っていうのも悪くはないんだけど、やっぱりちょっと物足りなくてね」
「それはそうかもしれませんね。僕も今日行ってみて、全身で浸かってみたくなりました」
「そうでしょう」と父親は目を細くする。
 母親が「どうぞ、ご遠慮なく召し上がって下さい」と、優しい声を出す。
 どうやら歓迎はされているらしい。
「頂きます」と断って、俺はコーヒーに口を付けた。
「煙草は吸われますか? 灰皿、持って来ましょうか?」
「いえ、煙草は吸わないので大丈夫です」
「お酒は飲まれますか?」と再び、父親。
「はい……と言ってもつき合い程度です」
「私、お父さんみたいな大酒飲みは嫌よ。お金だって掛かるんだから」
 黙っていた山上が口を開いた。
「そんなに酒に金を使っているかな……最近は随分控えているだろ? なあ、母さん」
「よく言うわよ」と母親が呆れたような表情をする。
「今でこそ量は減ったけど、昔はひどかったのよ、春見さん。週末は会社の人を連れて来て、必ず宴会やっていたんだから。それも外で飲んで帰った後によ」
 酒の席があまり好きではない俺には辛いものがある。
「もう古い話です。今は正月と盆休み、上二人の娘婿たちと飲むのが楽しみです」
 まあ、そのくらいならどうにかなるか。
 いやいや、そうじゃない。
「煙草は体に悪いことしかないですが、お酒は飲み方に注意して楽しめば、別にいいと思いますよ」
「春見さんの言う通り。今度また一緒に一杯やりましょう」
 父親の機嫌が一気に良くなったのがわかった。
 
 その後は俺の仕事や両親についてなど、直接結婚につながることではないが、それほど遠くもない話をした。
「夕食もご一緒に」と言われたが、丁重に断った。
 帰りの車内で、「父も母も春見さんが気に入ったみたいです」と、山上が嬉しそうに話したが、それに対しては適当に返事をするだけにした。
 頭の中で、別れ際に何と言うかをまとめていた。
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~ Comment ~

難しいですね。。 

心の準備ができないままにご両親に会うのは・・・いや、それ以前の問題ですよね・・・
山上さんの気持ちも分からないではないですが。
もし自分がそんなシチュエーションになったら、拒絶するかも、です。
怒ってしまって終わっちゃうかも。。
事前に一言あるのとないのでは、人生が大きく変わってしまう!!(笑)

橋添さんは・・・いやぁ、何とも・・・
客観的に見て、可愛いけど(笑)。

先が見えない、でも面白い♪

kotanさんへ 

いきなり過ぎですよね。それも付き合っているわけでもないんだし。
家の前でお母さんに待たれていたら入るしかない。笑。

橋添さん、創作の中だから許されますけど、現実これは有り得ないですね。
でも今の若い子の発想ってわからないところありますもんね。

楽しんでいただけているようで嬉しいです。
次回もお楽しみに。
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