赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第十四回

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「他の男性に会われるときもやっぱり車なんですか?」
「そうですね。大抵は」と、山上は前を向いたまま答えた。その横顔をじっと見た。
 とり立てて美人でもなく、ブスでもない。ごく普通のどこにでもいる女性だ。
「運転が好きだからですか?」
「それもありますけど……」
 そう言ったまま、山上が黙り込む。
「どうかしましたか?」
「あっ、いいえ。あの……笑わないって約束してくれますか?」
 何が言いたいのか、さっぱりわからなかった。
「ええ、約束します」
「自分で運転すれば、どこかへ連れ去られることはないかなと思って……」
 山上の発言に吹き出しそうになったが、そこは約束なのでぐっと我慢した。
 ひょっとして男性不信なんだろうか。しかし嘘か真かはわからないが、女性の体を目当てに入会する男もいると聞く。案外笑ってばかりもいられない。
「最近、変な人が多いですからね。用心するに越したことはないですよ」
「そうですよね」
「ドライブってどんなところへ行くんですか?」
「海とか山とか。泳いだり、ハイキングしたりというわけじゃないんですけど、単純に景色を見に行って、それを写真に撮って帰って来ます」
「一人でですか?」
「友達と一緒に行くこともありますけど、一人のほうが多いかな。周りは既婚者が多いですから」
 山上の口調はどこか寂しげだった。一緒に出掛ける相手が減ってしまったことに対してか、それとも自分が結婚していないことに対してか。
「春見さんはドライブとか行かないんですか?」
「仕事で散々車に乗っていますからね。敢えて休みの日まではって感じかな」
「じゃあ、これからは毎回、私が車を出しますね」
「そうですか? それならお言葉に甘えようかな」
 運転は男がするものといった沢口の考えとは正反対だ。それとない言葉だったが、また次も会ってもいいという合図と受け取ってもいいものだろうか。
 しばらくしてファミレスが見つかったので、そこへ入った。
 食事をしながらもお互いのことを尋ね合う時間は続いた。
「春見さんは入会してどのくらいですか?」
「一年と四ヶ月くらいかな。だからもう後がないんです」
 俺が苦笑いをすると、山上も同じように苦笑いで応えた。
「私も似たようなものです。実は私、三姉妹の末っ子なんですけど……」
 紹介状には家族構成は書かれていないため、会話でしか知り得ない情報だ。
「姉二人は随分前に結婚していて、後は私だけです。父も母も七十を過ぎているので、早めに相手を見つけて安心させてあげたいなと思っているんです」
 その口調から山上の切実な思いがひしひしと伝わってくる。
「ブーケトスに入会したのも、そのためなんですけど、現実はなかなか……」
「うまくいきませんよね。僕も同じです」
 だからと言って、「じゃあ、結婚しましょうか」というわけにはいかない。
「実はいい感じに話の進んでいる会員さんがいたんです」
 山上の表情は暗い。話して欲しいと頼んだわけでもないのだが、勝手に話し始めたため、聞くしかなかった。
「ちょうど一年くらい前のことです。年齢も同じで、優しくて感じのいい人でした。結婚に関しても前向きで、将来のことも少し話したりしていました」
 ひょっとして詐欺だろうか。
「でも、去年の三月半ば頃に突然、しばらく会えないと言われました」
「はい」
「その人は海釣りが趣味で、これから温かくなって釣りには絶好の時期になるから、休日はずっと釣りに行きたいということでした」
「それっていつくらいまでですか?」
「秋の終わりまでと言っていました」
「長いですね。メールや電話はできたんでしょ?」
 俺の質問に山上は静かに首を振った。
「多少は……でもメールへの返事はほとんどと言っていいほどなかったですし、電話をしても、留守電にメッセージを入れても掛け直してはくれませんでした」
「一緒に連れていってくれと頼んだりはしました?」
 何だか悩みの相談じみてきたな。
「もちろん、しましたけど、船に乗るし、足場の悪いところだから女の人には無理だと言われました」
 確かにその男の言う通り、一緒に行くにはハードルが高そうだ。
「そんな状態になるので、もしなんなら俺の紹介状は返却してくれということでした。辛い思いをさせるのは目に見えているしって」
 随分と卑怯で、勝手な言い分だ。
 山上が「はあっ」と深い溜息を吐いた。突然の打ち明け話に始めは驚いたが、きっと誰かに聞いてもらいたかったのだろう。
「そんなことがあったんですか。でも断って正解だったじゃないですか」
「それが……」と、山上がバツの悪そうな顔をする。
「まだその人の紹介状を返していないんです」
「秋が終わってからまた会えたんですか?」
「いいえ。一度も会っていません。連絡もありません」
「だったら、どうして……」
 どう考えても体良く断られていて、相手に結婚の意志などないことは目に見えている。
「期限が来て、もし誰の紹介状もなかったらと思うと怖くて……」
 山上の言っていることがわからないわけでもないが、それが正しいとも思えなかった。紹介状を手元に残しておいたところで、そんな男が「じゃあ、結婚しましょうか」なんて言うはずがない。
「春見さん、私、とにかく早く結婚がしたいんです」
 一変して力強い表情へと変わった山上の気迫に、俺は思わず息を飲んだ。

 小


 月曜日の朝、目を覚ますとどこか体が重たかった。いや、それ以上に重たいのは心だった。
 間違いなく山上のせいだ。俺だって結婚について真剣に考えているつもりだが、何だかそれを口にすることさえ申し訳ない気がした。お互いの結婚に対する考え方に温度差を感じため、断ることも考えたが、入会した理由も明確に答えられない他の会員に比べれば、前向きに結婚を考えている人であることは間違いない。
 もう少し様子を見ようという結論に至った。

 通勤電車の椅子取り合戦に勝利し、僅かな眠りの時間を堪能しようとしているところへ、ズボンのポケットに入れたケータイが震えた。
 山上からのメールだった。
『おはようございます。昨日はどうもありがとうございました。私は今、会社に着いて制服に着替えたところです。春見さんはまだ通勤途中ですか?』
 質問で終わっているため、無視するわけにはいかない。
『はい。電車の中です。月曜日の朝は憂鬱ですね。それはともかくとして、今日から一週間頑張りましょう』
 朝一のメールだし、山上もこれから仕事だ。この程度の内容で切り上げるのが無難だ。間もなく、山上から返事が来た。
 きっと『頑張りましょう』で終わりだろう。
 そう思いながらも、念のため開封してみた。
『電車の中ですか。ゴメンなさい。どのくらい電車に乗るんですか? その時間はメールを控えたほうがいいですよね?』
 そこまでわかっていながら、なぜ質問を続けるのか。
『二十分くらいです。やっぱり電車の中ではそうするのがいいでしょうね』
 返事を送ったところで、降りるべき駅に電車が到着した。せっかく座れたというのに、眠ることは愚か、目を閉じることさえできなかった。改札を出ると、また山上からメールが届いた。
『もう電車は降りましたか? 今日一日頑張りましょうね』
 とりあえず、これで話はお仕舞いだと判断して、メールは返さなかった。
 
 小

 昼休み、出先で立ち寄った店で食事をしていると、山上からメールが届いた。
『お仕事お疲れ様です。私は今、お昼を食べ終わったところです。いつも同僚(と言っても、私より若い女の子ばかり。苦笑)たちと一緒にお弁当を食べています。春見さんの今日のお昼は何でしたか? いつも一人で食べているんですか?』
 なぜ急に積極的にメールを寄越すようになったのか。
 昨日抱いた山上の印象では、人を騙したり、狡賢く立ち回りができたりするほど器用な女性には見えなかった。深読みせずに考えるなら、気に入られたということだろう。

 午後五時三十分頃、またメールが届いた。
『今、仕事が終わって、帰りです。春見さんはまだお仕事ですよね? 家に帰って落ち着いたらメール下さい。春見さんともっとお話ししたいので』
 ほんの一瞬だが、眩暈を感じた。
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~ Comment ~

分かるような・・・ 

山上さんの行動、ちょっと身に覚えがあるような・・・(笑)!!
常に連絡を取り合わないと不安なんですよね。
それに自分から相手との付き合いを振り切れない。
春見さんは優しいから、付き合いが大変かも。。

ドライブが楽しい季節になりました。
けど私の住む田舎は、昨日は吹雪で寒かったです。。

kotanさんへ 

私も実は山上さんの行動、わかる気がするんです。
でもやり過ぎはまずいかなあと思います。でも連絡しないと興味がないと思われたりしますし。
この辺りが駆け引きってものかもしれませんね。

本当にここのところ、気温差が激しいですよね。
今回の更新が一日遅かったのは風邪で寝込んでいたからなんです。汗。
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