赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第十三回

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 橋添の案内してくれたのは、「ぷろヴぁんす」という名の店で、白い壁に赤茶色の洋瓦の屋根を乗せたカワイらしい外観をしていた。店先のプランターに植えられたオリーブの木に木製の縁がついた黒板がぶら下がっていて「本日のシェフのオススメは心も体も温まるまろやかパンプキンシチューです』と白チョークで書いてある。女性ウケしそうなので、別の誰かを連れてきてもいいなと、 橋添には口が裂けても言えない考えが頭を横切った。
 店内は暖色系のライトで演出され、落ち着きのある雰囲気になっていた。美味しそうな匂いが漂ってきて、思わずフゴフゴと豚のように鼻を動かしてしまいそうになった。
 時刻が夕食時ということもあり、二十分ほど待たされて、ようやく一番奥の席に座ることができた。シェフのオススメと橋添のオススメ、どちらを選ぶか悩んだが、ここはやはり橋添オススメの「美味しさうわのせ目玉焼きハンバーグ」を注文した。彼女も同じものを頼んだ。
 これでゆっくり話ができる。
「ピアノはいつ頃から習っているんですか?」
 橋添の自己PRには、将来はピアノの先生になりたいと書いてあった。
「幼稚園の年少からです」
「それじゃもう二十年近くやっているってことですか?」
「はい。そうなります」
「本当に好きなんですね。今も発表会に参加したりしているんですか?」
「もちろんです。年に数回ですけどね」
「でもどうしてすぐにピアノの先生にならなかったんですか?」
 そこへセットのポテトサラダが二人分運ばれてきた。もうすでに腹は充分過ぎるほど減っていて、先にサラダだけでも食べたい気分だが、橋添が手をつけないので我慢することにした。
「学校や楽器メーカーの経営する音楽教室から求人募集はあるんですけど、とても競争率が高いんです。腕もコネも両方とも必要で、私にはちょっと難しいかなって」
 橋添がペロッと舌を出して照れ臭そうに笑った。「カワイイなあ」と思わず頬が緩みそうになった。
「だから自宅でピアノ教室を開くつもりなんです。だけど収入にはあまり期待できないので、主婦と兼業でやれたらなと……」
 なるほどそういうことか。
 橋添の考えが読めた。
「それで早く結婚したいと思っているわけですか」
「あっ、バレちゃいました?」と、橋添は無邪気な笑顔を見せた。
 何とも正直な子だ。となると、家はやっぱり一戸建てか……防音壁のついた部屋がいるよな。それにピアノって一体いくらくらいするんだろう。
 頭の中で答えの出ない試算をしていると、ようやく美味しさうわのせ目玉焼きハンバーグが運ばれてきた。「いただきまあす」と橋添が手を合わせたので、俺もそれに倣った。鉄板がジュージューと心地良い音を立てている。ハンバーグの上に乗せたナイフが吸い寄せられるように中へ入っていった。切り分けたものをフォークで刺して口へ運ぶと、見事に絡み合った肉汁とソースの味が溢れんばかりの勢いで口の中に広がった。
「うまい!」
「そうでしょ? 卵の黄身を潰して一緒に食べるとまた格別なんですよ!」
 橋添はまるで自分が作った料理であるかのように誇らしげだ。会話も忘れて俺はハンバーグを食べ続けた。
「そう言えば、春見さんはギターが趣味でしたよね」
「んぐっ!」
 ハンバーグが喉に閊えた。
「あっ、大丈夫ですか!」
 右手を上げて「待った」の意志を示して、俺は水の力でハンバーグを喉から胃へと通過させた。
「ゴ……ゴメンなさい。あまりに美味しくてついついガッついてしまいました……そうですね。趣味というほどではないですけど、少しは弾けます」
 嘘だ。最後に触ったのは確か五年前……いや、七年前か。梅田に言われた通り、昔やっていたものを趣味の欄に書き加えただけだ。
「じゃあ、セッションもできますね」
「だといいんですけど……」
 帰ったらクローゼットの奥から引っ張り出すか。
「そうそう。早く結婚したい理由はそれだけじゃないんですよ」
「と言うと?」
「子供ですよ。私、子供が三人は欲しいなって思っているから、できるだけ若いうちに一人目を産みたいんです。やっぱり歳をとればとるほど出産はキツイって聞きますからね」
 年齢ばかり気にしていたが、結構現実的に結婚を考えているようだ。
「後、犬も三匹飼いたいですね。ミニチュアダックス」
 俺の頭の中に若槻の顔が浮かんだ。
「三匹もですか?」
「はい。だって子供たちが一人一匹ずつ散歩させているのって見ていてカワイイじゃないですか?」
 前言撤回! やっぱり若いよな。この子。
 その後も、ところどころ「それはちょっと違う気がする」と言いたくなる話も聞かされたが、少なくとも結婚を前向きに考えていることだけは伝わってきた。

 橋添と別れてマンションへ帰ると、午後十時前だった。とりあえず『今日はありがとうございました。目玉焼きハンバーグとても美味しかったです。違う料理も是非食べてみたいです。また行きましょう』と、お礼のメールだけは送っておき、風呂に入った。
 風呂から出てメールをチェックしてみたが、返事は届いていなかった。無事に帰れたのだろうかと少し心配だったので、しばらくテレビを見ながら眠らずに待っていた。
 いつまで経っても一向に返事が来ないので、「きっと読んでいないだけだろう」と割り切って、寝ることにした。

 小

 ブーブーと枕元のケータイが振動する音で目が覚めた。ランプの部分がチカチカと点灯を繰り返している。目覚ましにセットしたアラームではなく、メールだった。
 時刻は午前三時。ディスプレイの光が眩しい。
 送り主は橋添。ぼんやりする頭をどうにか活動させてメールを開封した。
『こんばんは。今、ケーブルテレビでミニチュアダックス特集やってます。メッチャカワイイです!』
 すみません……うちのマンション、ケーブル契約していないんです。
 返信することもできぬまま、俺は再び深い眠りへと落ちていった。
 
 小

 翌週の日曜日、橋添とは別にメールをしていた、山上栄子という四つ年上の女性会員と会うことになった。山上や橋添以外ともメールのやりとりだけはしていて、少しずつスケジュールがハードになり始めていた。これが必ずしも実を結ぶとは言い切れないが、何もないよりはずっといい。
 いつものようにどこかの駅で待ち合わせをするつもりだったが、山上のほうが「私の車で迎えに行きます」と申し出てきた。そう言えば、趣味の欄に「ドライブ」と書いてあった。
 さすがに最寄りの駅まで来られて、近くに住む若槻と出くわすのも嫌だったので、少し離れた駅のロータリーを待ち合わせ場所にしてもらい、昼食を一緒に食べることにした。
 
 俺が到着したときには、山上はすでに待機していた。車種とナンバープレートを事前に聞いていたので、間違えることはなかった。白い軽自動車は手入れがよく行き届いているらしく、とても綺麗だった。フロントガラス越しに会釈を交わした後、助手席側のドアに近づくと、パワーウィンドウが開いた。
「春見さんですか?」
「そうです」
 助手席のドアロックが外れる音がした。
「どうぞ、乗って下さい」
「失礼します」と断って、俺は助手席に乗り込んだ。今までにないパターンなので少し戸惑う。車内もとても綺麗で、芳香剤のいい香りがした。やはり女性の車はこうであって欲しい。
「お昼、どこで食べるか決めてありますか?」
 その口調はとてもハキハキとしたもので、責められているような気さえしてしまう。
「すみません。今回、車ということで、いつもと勝手が違うので決め切れなかったんです。駐車場のこととか、どの辺りまで行っていいものかとか」
「尋ねて下されば良かったのに……」
「そっ、そうですよね。気が回らずにすみません」
 頭を下げるしかなかった。また相手に主導権を握られる形になった。
 何だかやりにくい人だ。初めてなんだし、話し合って決めればいいかと思っていたが、やはり店くらい決めておくべきだったんだろうか。ひょっとしたら今まで断られ続けてきた原因はそこにあったとか。
 一人反省会を開いていると、山上が「ファミレスでもいいですか?」と尋ねてきた。
「はい。構いません」
「それじゃ、適当に探しますね」
 山上が静かに車を発進させた。行き先が決まったのと、彼女が高級志向ではないことに胸を撫で下ろした。結婚相手を決める要因として、そういうことは大切だ。ファミレスを選んだことを責めるような相手では先行きに辛いものがある。
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~ Comment ~

こんばんは 

読み進めていく内に、片岡義男氏の“マーマレードの朝”が読みたくなってきました(笑)。

春見さん、忙しいですね!
でも人生の中で、こういう時があっても良いと思います♪
こんなに忙しい時は私にはなかったので、羨ましい限りです(笑)。
頑張って女性をリードして欲しいです。

kotanさんへ 

この一年が勝負ですからね。
忙しいくらい出会いがあるってことは幸せですもんね。
残り八か月ほどです。
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