赤い糸をたどって

『赤い糸をたどって』 第十二回

 ←『赤い糸をたどって』 第十一回 →『赤い糸をたどって』 第十三回
 有料オプションAへの申し込み効果はちゃんと出た。正月休みが終わり、仕事が平常業務へと落ち着き始めた頃、続々と女性会員の紹介状が届くようになった。年齢は二十歳から四十歳までと幅広いが、有難いことに俺のストライクゾーンである、二十代後半から三十代前半が特に多かった。
 遠方からの申し込みもいくつかあった。新幹線やフェリー、あるいは飛行機を利用しなければ会えないような所だ。申し込みをしてくれたのは嬉しいが、うまくいく自信がないのでお断りすることにした。
 遠距離はともかくとして、今回は選択の基準を少々下げることにした。時間も限られているし、もはや贅沢を言える立場ではない。それに「お受けします」といい返事を送ったところで、断られてしまう可能性もある。いや、これまでの傾向を考えると、むしろそっちのほうが多くなるに違いない。どうするべきかを悩んだときは、とりあえず「お受けします」を選んだ。

 そうしているうちに一月も終わりを迎えた。この一ヶ月で届いた紹介状は、オプションA効果によるものが全部で十六通。そのうち十人と、会員検索とブーケトスの紹介分九人を合わせて、合計十九人に申し込みをした。
 このうち四人からは「よろしくお願いします」とメールが届き、十三人からはお断り。残りの二人は未だ連絡なし。
 返事の遅い者からいい結果が出るとは思えない。お断りと見なして間違いはないだろう。それでも新たに四人と繋がりができたことは立派な収穫だ。二月、三月とオプションAは有効なため、少しは期待してもいいだろう。うまくいく保証などないが、ほんの少し気持ちが楽になった。

 二月一日。会社から帰ってきてポストを開くと、また新しい紹介状が届いていた。
 封筒の厚みから察するに中身は一通だろう。どんな女性だろうかと、期待は高まる。すぐにでも開封したい気持ちを抑えて、先に着替えを済ませた。
 床に腰を下ろし、こたつに足を突っ込んで待ちに待った開封の瞬間を迎える。そこまで勿体つけるのは期待の気持ちとがっかりしたくない気持ちの両方からだ。
 紹介状まで誤って切ってしまわぬよう慎重にハサミを使って封筒を開いた。紹介状の写真を見た瞬間、心臓が大きく一つ跳ね上がった。女性の名前と写真を何度も見直し、続けて勤務先を確認してみたが、やはり間違いない。
 若槻だった。
 まさか彼女がブーケトスの会員だなんて……。
 思わぬ事態に少々戸惑いはしたものの、俺だってこうして誰にも内緒で婚活しているわけだし、若槻が同じことをやっていても何ら不思議ではない。
『仕事と私生活、どちらもすっかり落ち着いてしまい、このまま独身でもいいかと思っていましたが、やっぱり結婚に対する憧れが強くなってきました。素敵な男性と出会って、カワイイ子供を産んで、楽しい家庭を築きたいと思っています。こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします』
 自己PRにはそう書かれている。趣味は『ペット(ミニチュアダックス)』『お菓子作り』『料理』 

「私、彼氏なんて別にいらないんです」

 いつも言っているその言葉を鵜呑みにしていたが、あれはゴチャゴチャうるさい同僚たちを寄せ付けないための嘘だったというわけか。
 うちの営業所は結婚して落ち着いている連中が多く、皆、変化のない日常に退屈を感じている。そのため、他人のスキャンダラスなネタに敏感だ。特に色恋沙汰は大好物で、必要以上に食いつきが良い。もし俺たちがつき合うことになって、それを知られたら「昨日はどこへ行った?」とか「いつキスした?」とか、果ては「昨日はセックスしたのか?」とか……恥じらいや遠慮などそっちのけで根掘り葉掘り尋ねてくるのは目に見えている。
 シャイな若槻がそれに耐えられるとは思えない。
 紹介状の「お断りします」の欄にレ点をつけて、ブーケトスの返信用封筒に入れた。
 若槻は嫌いじゃないが、彼女のためにもこうすることがベストだ。

 小

 自分の紹介状が同じ職場の男に届いたことなど知るはずもない若槻は、昨日までと何ら変わりがなかった。
 若槻は入会してからどのくらい経っているんだろう。もうすでにいい男を見つけたんだろうか。俺に紹介状を送ってくるくらいだから、まだそこまでは行っていないのか。いや、単なる保険としての申し込みだったのかもしれない。
「……見さん、春見さん」
 自分の名前が呼ばれていることに気が付いた。
「はい」
「私の顔に何かついていますか?」
 他でもない若槻だ。
「あっ、いや、そんなことないよ。どうして?」
「だって私の顔をじっと見ているから」
 若槻が頬を膨らませた。少し怒っているように見える。
「それは春見が若槻にホの字だからじゃないからかな」
 俺が弁解する前に、また牛島が口出ししてきた。
「今時、ホの字って……つまらないこと言わないで下さい。若槻さんが困っているじゃないですか」
 若槻の顔はすでに真っ赤だった。
「恥ずかしがることないだろ。お前たちがくっつくのは、先輩の俺としても大歓迎だ」
 牛島が冷やかしの種が増えることを喜んでいるのは明らかだ。
 そんな言葉を誰が信じるか。
「私は別に……」
 消え入るような声で呟いて、若槻はそそくさと逃げていった。
 若槻の中で俺は恋人や結婚相手としてセーフかアウトか。一体どちらなんだろう。
「おい、春見。お前も顔が赤いぞ」
 牛島が心底楽しげに笑っていた。
 やっぱり若槻の申し込みはお断りにしておいて正解だった。

  小

 久しぶりに新しい女性と会うことになった。大抵の女性は最初の連絡から数週間はメールで様子見をするが、この橋添恵理佳という女性はニ、三度メールをやりとりしただけで「会いませんか?」と切り出してきた。もちろん、時間のないこちらとしては有難い話だった。
 彼女の年齢は二十三歳。昨年、音大を卒業したばかりのようで、今まで会った女性会員の中では一番若い。正直、話が合うかもよくわからないが、せっかくできた縁だ。ここで切ってしまうのは勿体ない。
 橋添は宝石店に勤めていて、休日はローテーションでとることになっているらしい。入社一年目ということもあって、土日や祝日は休み辛いため、「会うなら平日で」とお願いされた。俺のほうは週の真ん中である水曜日なら都合がつき易いということで、仕事を早めに切り上げて、夕食を一緒にとる約束をした。
 
 橋添の指定してきた待ち合わせ場所は、彼女の自宅に近い繁華街にあるケータイショップの前だった。俺の帰り道とは全く正反対で、最初から主導権を握られるような形となった。まあ、この程度のことで文句は言っていられない。
 待ち合わせ場所に着いたのは今日も俺が先だったようで、橋添らしき女性の姿は見当たらなかった。大抵の者は明日も仕事のはずなのに、辺りは人でごった返している。平日の夜にこの混雑ぶりは気が滅入る。ここへ来た目的も忘れて、「早く帰りたい」とぼやきそうになっていた。これだけ人が多いのだ。ひょっとすると、ケータイショップの前ではなく、少し離れたところにいるのかもしれない。
『今、どちらですか? こちらはもう着きました』とメールを送ると、『私も着いています』と返事があった。
 一体どこだろう。
 キョロキョロと辺りを見回すと、一人の女性が俺と同じように右へ左へと視線を泳がせていた。
 目が合った。
(あっ、この人だ)
 お互いにそう思ったようで、俺と彼女は同時に頭を下げた。
 
 橋添が近所に美味しい洋食料理の店があると言うので、俺はそれに従った。「中でも目玉焼きの乗ったハンバーグがオススメなんです」と、彼女ははしゃいだ。話し方や服装、そして体中から発する空気が、今まで出会ってきた女性とは違う。
 とにかく若いのだ。普通ならば、まだまだ自由な時間を満喫したい年頃のはずなのに、なぜ結婚情報センターなんかに入会しているんだろう。俺にはそれが不思議で仕方がなかった。ひょっとすると、今は結婚するつもりはなくて、将来のことを見据えて相手を探しておく考えなのかもしれない。
 俺のほうも別にそれで構わない。要するに婚約者なり、結婚を前提としたおつき合いをする女性を期限内に見つければいいのだ。退会後すぐに結婚する必要はない。
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 作品紹介
もくじ  3kaku_s_L.png 上手な別れ方
もくじ  3kaku_s_L.png 空と海
もくじ  3kaku_s_L.png 地球の軌跡
もくじ  3kaku_s_L.png 初夏恋慕
もくじ  3kaku_s_L.png お礼参り
もくじ  3kaku_s_L.png 遠くの隣人
もくじ  3kaku_s_L.png 道連れ
もくじ  3kaku_s_L.png 美しき幕引き
もくじ  3kaku_s_L.png 別れたら
もくじ  3kaku_s_L.png 願い集うとき
もくじ  3kaku_s_L.png 相方よ
総もくじ  3kaku_s_L.png 重要な選択
総もくじ  3kaku_s_L.png 未来(あした)が見たら
総もくじ  3kaku_s_L.png 親愛なるあなたへ
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言(雑記)
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【『赤い糸をたどって』 第十一回】へ
  • 【『赤い糸をたどって』 第十三回】へ

~ Comment ~

またまた進展! 

おお~っと読んでいて思いました。
これは意外でした~。こういうことって、実際にもあるかも~♪
でも、若槻さんの為に、ですね。

最初はひとり一人の出会いが~と思っていた私ですが、ちょっと考え方が変わってきました。
期限内はじっくり楽しんだ方が良いかも~♪なんて。

ラストが想像できない感じですね!
楽しみです!

kotanさんへ 

 そうですね。可能性ゼロではないですよね。
 
 心境としてはギリギリまで、活動したい感じですよね。
 次に会う人がもっといい人かもしれないって思いますから。
 
 ただ、追いかけすぎて、結局、誰ともうまくいかない可能性もあるんですよね。
 そこがこのシステムの怖いところです。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【『赤い糸をたどって』 第十一回】へ
  • 【『赤い糸をたどって』 第十三回】へ