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 ←『果てへ』 -後編- →『今も君を見ている』 -前編-
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忙しい人たちへ(掌編集)

『その日、特急電車の中で』

 ←『果てへ』 -後編- →『今も君を見ている』 -前編-
<2017年バレンタイン特別企画作品>

 地元へと帰る特急電車の中、望の前のシートに座る若い女が突然、泣いた。
 泣くというと、語弊があるかもしれない。どちらかと言えば、涙を流し始めたという表現のほうが相応しい。激しく嗚咽するわけでもなく、顔を歪めるわけでもない。ただ静かに、視線を窓の外に向け、寂しげな表情で頬を濡らしている。
 見ず知らずの相手だ。放っておけばいい。
 望はそう考えて、雑誌の続きを読み始めた。
 女は二つ前の駅で、この電車に乗ってきた。空席はあるが、全車両座席指定のため、他の席には座れない。わざわざ望の前に座ったわけではない。
 年齢は、望と同じ二十代後半くらいだろう。細身で色が白く、肩の辺りで切り揃えられた黒髪は艶やかで美しい。手入れがよく行き届いているのがわかる。膝の上で両手を重ね合わせ、シートに遠慮がちに腰を掛けている姿から、彼女の育ちの良さがうかがい知れる。  
 ただし、表情は凛としており、何も知らない、何もできないお嬢様というわけではなさそうだ。
 女がいつまで経っても涙を拭うことさえしないため、さすがに望も知らぬふりを通せなくなってきた。
 だからといって、詳しい事情を尋ねるのも気が引けた。
 望は上着のポケットに入れてあったハンカチを、女にそっと差し出した。
 女が目を丸くした。
「いつまでもメソメソされていたら困る」
「どういうこと?」
「とにかく涙を拭けよ」
 女は「えっ?」と漏らして、人差し指で両方の目元を拭った。
「もしかして私、泣いてる?」
「少なくとも俺にはそう見えるよ」
「まさかね」と女は微笑み、望のハンカチを受け取った。
「せっかくだから使わせてもらおうかしら? きちんとアイロンがけされているみたいだし」
「失礼な奴だな」と、望は苦笑した。女はハンカチで、左右の目を優しく拭った。
「自分で泣いていることに気が付かなかったのか?」
 女が「そうね」と頷いた。
「私ね、さっき彼と別れてきたばかりなのよ。遠距離だったし、何となく予感はしていたから、悲しくなんてない。そう思っていた」
「それなのに泣いていた。だから『まさかね』か」
「そういうこと」と言って、女はハンカチを望に返す。
「ありがとう。これ、誰かからの借り物?」
「なぜわかった?」
「隅にバラの刺繍が入っているから。あなたの趣味には思えなくて」
 なるほどなと、望は笑みをこぼした。実に簡単な答だ。
「でも、もう返す必要はないんだ」
「どういうこと?」
「いや、気にしないでくれ。それより少しは落ち着いたか?」
「うん。あなたのおかげね」
「それなら良かった」
「ありがとう。ねえ、あなたはどこへ向かうの? 旅行中か何か?」
「いや、家に帰るところだ」
「どこまで?」
「三十二地区」
「私は十七地区。先に降りるのは、あなたってわけね。帰りってことはどこかへ行っていたのよね?」
 望が降りる駅に到着するのには、まだ時間が掛かる。駅で買った雑誌も大したことは載っていなかったし、女がどこか話したげな雰囲気だったので、望はそれに付き合うことにした。
「俺も恋人に会いに行っていたんだ」
「じゃあ、私と同じで遠距離なんだ。ねえ、どんな人?」
「しっかり者と言えば聞こえがいいが、男勝りで気が強すぎるくらいだな」
「あなたってそういう人が好みなの?」
「好みというわけじゃないけど、涙を武器にするよりずっとマシさ」
「それは言えてるかもね」
「ただ、ときには女性らしい弱さも見せて欲しいな」
「なぜ?」
「男の存在意義がなくなるからさ」
「なるほどね」と、女は上品にクスクス笑った。
「君はどんな男性が、あっ、悪い」
 望は慌てて口を噤んだ。
「いいのよ。気にしないで……好みのタイプというより、判断基準で言えば、いざって時にどれだけ頼れるか、かな」
「やるときはやる男か……でもさ、いざってときはそんなにあるものじゃないだろ?」
「そうね。日頃は優しい。それだけでいい。多くは望まない」
「謙虚だな」
「外見は別だけどね」と付け足して、女は微笑む。
「そこはこだわるほう?」
「多少は。だって見た目は悪いよりいいに越したことはないでしょ?」
「まあ、そうだな」
「でもストライクゾーンは広目にしているつもり。そこまで若くはないしね」
 そうは言うが、それほど歳をとっているようには見えない。
「今、いくつ?」
「へえ、女性にそういうの聞ける人なんだ」
 女の口調は少し意地悪そうなものだったが、望は気にも留めなかなった。
「別に聞かれて困るような歳にも見えないし、後で気まずくなるような間柄でもないしな」
「それもそうね」
「二十六、その辺りだろ?」
「やったわ。二つも若く見られちゃった」
 女は機嫌良く笑った。本当はそのくらいだろうとわかっていたが、望はわざと若く言ってみたのだ。
「俺も二十八だ」
「奇遇ね。同じ歳だなんて」
「もしかしたら運命かもな」
 望が真剣な眼差しでそう言うと、女もそれに応えた。静かな時間が流れる。本来なら聞こえてくるはずの電車の走行音も、周りの人間の会話も、二人の耳には届かなくなっていた。

 運命。

 望自身も冗談で言ったつもりの言葉だったが、なぜか妙な真実味を感じた。理由はわからない。
 答えを模索しようとすると、女がそれを打ち消した。
「いつもそうやって女性を口説いているの?」
 思い過ごしだ。
 感傷的になっている自分に気がついて、望は苦笑した。
「いや、ちょっとした冗談だよ。たまたま乗り合わせた相手が同じ歳だったってだけじゃ運命にならないか」
「そうね。そんなことじゃ女性の心は動かないわよ」
「だよな」
 そう言いながらも、望の胸は高鳴っていた。
「あなた、生まれも三十二地区?」
 そんなふうに女が話題を変えたが、どこか取って付けたような違和感を、望は感じた。
「いや、生まれは四十地区」
「そういうことか」
「何がだ?」
「今の恋人と知り合ったのは四十地区だけど、あなたが転勤か何かで三十二地区に引っ越して遠距離恋愛になった。そんなことを勝手に推測したんだけど、どう?」
「当たりだな」
「やっぱりね」
 女はしてやったりという顔をした。
「君は生まれも育ちも十七地区?」
「いいえ。私はあなたと逆。三十二地区で生まれ育って、就職を機に十七地区に住み始めたわ」
「そして遠距離恋愛?」
「そうよ」
 先程の予測が容易だったわけを知り、望は笑った。
「要するに、お互い似たような境遇というわけか」
「みたいね」と、女も笑った。
「どの辺りに住んでいたの?」
 女の言った場所は、望の住むところからは随分と離れていた。
 地区と一口に言っても、その範囲は広い。「同じ地区に住んでいるからご近所さん」というわけにはいかないのだ。しかし多少は話が合うのも確かで、その後は地元の話で盛り上がった。

「そうそう。良かったらチョコレート食べない?」
「チョコレート?」
 女の突然の申し出に望は目を丸くした。
「今日はバレンタインでしょ?」
「そういや、そうだな」と、望は知っていたのに忘れていたふりをする。
「せっかく用意していたのに、渡すこともなくなっちゃった。ひどい男よね。わざわざバレンタインデーに別れようなんて……捨てるのも勿体ないし、そのまま誰かにあげるのも失礼だし」
 望は了承したわけではないが、女はすでに鞄を探り始めていた。
「一緒に食べるならいいだろってことか?」
「そう。つき合ってくれる? あっ、あった!」
 女が取り出したのは掌より少し大きい、赤いリボンのついた白い包みの箱だった。
「いいよ。チョコは嫌いじゃないしな」
 箱の中には一口サイズのチョコレートが四つ。仕切りで分けられて並んでいる。たったこれっぽっちだが、決して安いものではないことが、望には察しがついた。
「不公平のないように、二つずつね」
「お先にどうぞ」と、女が望のほうへ箱を差し出す。望はその言葉に従い、一つを箱から取り出した。続けて女がチョコレートを手にする。それから二人揃って、口に運ぶ。
「美味しい」と、女が子供のように目尻を下げる。
「でも少し苦味があるわね」
「それは失恋の味だな。きっと」
「そうかしら?」
「ああ。俺にも同じ味がするから間違いない」
「えっ……」
 女が首を傾げるのを見て、望はふっと笑い、二つ目のチョコレートを頬張った。
 車内アナウンスが三十二地区への到着を告げ、電車が減速を始めた。
 望は立ち上がって、シート上部に設置されたトランクスペースから鞄を取り出した。キャスターの付いたもので、二、三日程度の旅行の荷物なら充分入る大きさだ。
「彼女の部屋に泊めてもらうつもりで、準備してきたんだが、全部無駄になった」
 望は自嘲気味に笑った。
「もしかして……」
「俺もフラれたんだ」
「そうだったの」
「どんなに気が強くてしっかり者でも、寂しさには勝てなかったらしい。好きな人ができたってさ」
「なるほど。あなたはチョコをもらい損ねたほうだったわけね」
「結構キツいな」
「歳を聞いたお返しよ」
 再び出た悪意のない女の意地悪に望は笑う。
「それにしても、こんなふうにしてフラれた二人が向かい合わせに座るなんて、やっぱり運命かもな」
 先程と似たような望の言葉に、女がクスクスと笑う。
「言ったでしょ? そんなことじゃ女性の心は動かないって」
「やっぱりダメか」
「でも……」と、女が優しく微笑む。
「さっきよりは可能性はあるかもね」
 その言葉に、望も少しだけ笑って応える。
 電車が駅に到着した。
「それじゃ、また」
 望が軽く手を挙げると、女は「うん」と頷く。
 望は鞄を抱えて車両の隅にある出入口に向かった。ホームへ出る前に振り返ってみると、女が小さく手を振っていた。望はもう一度手を挙げて、別れの合図を送った。
 望が降りると、電車はすぐにホームを出ていった。
 望の脳裏を彼女の笑顔が横切る。
 そこで望はふと思い出す。
 自分自身が別れ際、彼女に言った言葉を。

『それじゃ、また』

 確かにそう言った。
 しかしまるで無意識だった。
 もう一度会うことを望んでいるからか。
 それならば、連絡先を聞く必要があるはずだ。だが聞こうとはしなかった。
 女も同じだ。
 なぜ望の言葉に対して、何の否定もなしに「うん」と応えたのか。
 特別なことをせずともまた会える気がしていたのか。
 理由も、根拠もない。
 もし何かしらの言葉でその予感を表現するなら、「それが運命だから」かもしれない。

<了>
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~ Comment ~

こんにちは♪ 

“それじゃ、また”・・・私は別れ際のこの言葉が好きです。
恋を失った後で出逢えた二人の運命に、次の約束は必要ないのかも知れません。
本当にその出逢いが運命なら、きっと二人は逢えるはず。
それは偶然ではなく、必然に。

バレンタイン当日に失恋するなんてちょっとキツイ。
けれどもそれは、二人が出逢うための必然的な出来事なら・・・

せつないだけでは終わらない、心の中に小さくとも新しい望みが生まれた日。
素敵なお話をありがとうございます♪

私もバレンタインのお話を描きたかったけれど、今年は無理そうだな~と思っています・・・(ひとりごと)。

kotan さんへ 

待ってました。笑。
こちらのブログ、もうkotanさんのためだけに更新しているようなものです。

運命的な出会いなんて言葉はよく耳にしますが、運命的な別れもあって然るべきですよね。

実を言うともっと壮大なストーリーを考えていたのですが、最終的にこのような短編で納まりました。

kotanさんもバレンタインストーリー頑張ってください!
って、私はまだkotanさんの書かれるお話は一度も読んだことないんですけどね。笑。
これからもずっと秘密なのかな。
敢えて深追いはしませんね。

こんばんは~。 

読んでいるのはkotanさんだけじゃないんですよ。
今度は女性が登場して言い雰囲気に・・・とおもっていたら、『それじゃ、また』?
え?それだけ?もう2度と2人が出会うことなんてなさそうだけど。
運命、それもいいですけれど・・・ね。
ナンバーだけの地名、とても意味深で色々と想像が膨らみました。
これだけで素敵なSF作品になっていると思います。
あ、そう言えばバレンタインか・・・サキも書けなかったですね。

山西 サキさんへ 

> 読んでいるのはkotanさんだけじゃないんですよ。

 そうですね。大変失礼いたしました。申し訳ありません。

> ナンバーだけの地名、とても意味深で色々と想像が膨らみました。
> これだけで素敵なSF作品になっていると思います。

 おっ! いいところに目を付けられましたね。この作品、始めは少し未来のお話を長編で描くつもりでした。
 で、考えているうちに設定に無理が出てきて挫折したものなんです。笑。

 そちらのお話では、この後、二人は再会します。再会する運命にあったんです。

 ご感想ありがとうございました。
 良かったらまた読んでやってください。
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