忙しい人たちへ(掌編集)

『果てへ』 -前編-

 ←『神様にお願い』 →『果てへ』 -後編-
「起きろ。麒麟(きりん)」
 誰かが俺の名を呼んでいる。
 聞き覚えのない、低くてずっしりと重い男の声。
 しかし相手は俺を知っているらしい。
 声の主が誰なのか。
 確かめてやりたかった。そして俺が今、どこにいるのかも。

 目を開き、最初に見えたのは銀色の天井といくつかの小さな白い光。
「目が覚めたか? 麒麟」
 横になっている俺の頭の上のほうから、黒髪を後ろに撫でつけた初老の男がぬっと顔を出した。
 こいつが声の主らしいが、やはり俺は知らない。
 俺が上半身を起こすと、男はスッと顔を元に戻し、ゆっくりと俺の正面に回った。
 部屋の中にあるのは俺のいるベッドだけ。周りは、天井と同じ銀色の壁に囲まれていて、大人が二、三人入れば、息苦しさを感じる狭さだ。
「ここはどこだ? それにあんたは誰だ? 俺の仲間は死んだのか?」
「質問は一つずつにしてくれ」
 流行る気持ちを抑え、俺は大きく一つ深呼吸をする。知りたいことに序列を付けるのは難しいが、それでも一番知りたいことを尋ねる。
「……俺の仲間は?」
「心配するな。無事だ」
 男の言葉に、俺は胸を撫で下ろす。
「次の質問だ。ここはどこだ? あの城の中なのか?」
「いや」と、男は首を横に振る。
「ここはエリアゼロ。君たちが『果て』と呼んでいる場所だ」
「『果て』……ここが……」
 男の答えに、俺はしばらく続きの言葉が出てこなかった。

 小

 異星人の突然の襲来により、俺たち地球に住む者は揃って戦争に巻き込まれることになった。
 奴らの目的は人類を死滅させ、地球を丸ごと自分たちの物にすることだった。
 戦闘には子供を除く、大抵の男たちが参加した。もちろん、俺も例外ではなかった。
 奴らは高い技術力を有していたが、俺たち人類もそれに負けず劣らずのものを持っており、決して一方的にやられるだけの戦いにはならなかった。
 ただ、奴らに比べて圧倒的に劣っていたのが、生命力だった。一体を倒すのに数十発の弾丸を必要とした。
 しかし人類は諦めなかった。
 弾丸の威力強化、銃へ装填量の増加、軽量で防御力の高い戦闘用スーツの開発……自らの不利を、絶えることのない向上心を以て乗り越えたのだ。
 こうして人類は、奴らの侵略から地球を守った。

 喜ばしい勝利の影には、多くの犠牲があった。
 生き残った俺たちに課された新たなる使命は、復興だった。絶望を希望に変えようと、誰もが必死になっているように見えた。
 しかし荒廃した大地を目の当たりにし、人々の心もまた同じように荒んでいった。
 物資が満足に行き届かぬ状況で、暴動や略奪が横行した。「地球のため」と団結し、共に戦った同志に対して刃を向けるという行為が、俺にはまるで理解できなかった。
 自分の大切な者たちを守るため、俺は再び銃を手にした。
 政府が統率する治安維持部隊や警備隊、俺が所属するような有志で結成された自警団の力により、野党紛いの不届き者たちはすっかり鳴りを潜めた。
 だからといって、物資が充分に行き渡るようになったわけではない。
 誰もがどこかに不満を感じながら、どこかで堪え忍びながら毎日を過ごしていた。

 その頃だ。
 あの言葉をよく耳にするようになったのは。

「全てを望む者よ。目指せ、果てを」

 一体誰が、何の目的で、口にしたものなのか。
 あるいはどこかに書き記したのか。
 知る者はいない。
 そして「全て」とは何を意味するのか。
 金やプラチナのような財宝。
 空腹を存分に満たしてくれる食い物や酒。
 鬱屈した気分を晴らす甘美な音楽や踊り。
「全て」という二文字に、誰もがそれぞれの思いを馳せる。そこに夢を描き、どこにあるかもわからぬ「果て」という名の楽園をただ  漫然と目指していった。
 そして誰も帰ってこなかった。
 無事に辿り着けたのか。
 あるいは、見つけることができずに諦めたのか。
 あるいは、どこかで力尽きたのか。
 果てを目指した者の行く末は何もわからない。

 そんな賭けのような話に、俺も興味があった。
 少しでも今の暮らしが良くなるというのなら、行ってみる価値はあると思った。
 何より真実を知りたかった。
 幼い頃から同じ時を分かち合い、助け合ってきた仲間五人とバイクを駆り、俺は「果て」を目指すことにした。

 想像以上に苛酷な旅だった。
 情報の真偽を確かめる方法は行動のみで、何度ガセネタを掴まされたかわからないほどだ。
 同じ「果て」を目指しているという連中に嵌められ、仲間の一人が命を落とすという不幸な事件も起きた。
 そしてなぜか、治安維持部隊や警備隊にも追われるようになり、俺は「果て」に対して次第に危険な匂いを感じるようになっていった。

 かつて暮らしていたエリア153を発って半年が過ぎた頃、「果て」に最も近いと噂されるエリア1に辿り着いた。

 小

「そこの酒場で聞いてきた情報だ」
 安ホテルの一室。
 外から戻った鯱(しゃち)の言葉に、それぞれ好きなように振る舞っていた全員が、テーブルの前の椅子に腰掛けた。
「この街の外れに中世ヨーロッパの城を模した、レンガ造りの建物がある。その中に『果て』への入口があるらしい」
「いよいよ核心に迫ってきた感じだな」
 大蛇(おろち)が楽しげに笑う。
「喜ぶのはまだ早い。城の周りには高さ五メートルの塀がそびえ立っている」
「五メートルか……俺の肩車でも無理そうだな」
 仲間では最も体の大きい飛龍が、真面目腐った顔で冗談か本気かわからぬことを言う。
「唯一の出入り口には電子ロックの鋼鉄扉。電流のオマケ付きだ。それに加えて見張りが四人」
「バイクでの強行突破も難しそうだな」
 先程まで笑っていた大蛇の表情も、いつしか硬いものになっていた。
「それだけじゃない」と、鯱の報告は続く。
「見た目のクラシックさとは正反対で、中身は最新の防衛システムによって守られている」
 想像以上の難関に、全員が腕を組む。
「思いつく方法と言えば、見張りの買収くらいだな」
 大蛇の意見だ。
「手持ちの金はあまり残っていないな」
「飛龍の言う通りだな。麒麟、お前はどう思う? 何か手がありそうか?」
 これまで黙っていた俺に、鯱が尋ねる。
「……俺は……手を引くべきだと思う」
「なんだと!」
 真っ先に噛みついてきたのは、大蛇だった。
「麒麟、本気で言っているのか?」
「どう考えても簡単に中へ入れるとは思えない」
「そんなことはわかりきったことだろうが。それをどうするかって相談だ」
「さっきからお前らの話を聞いていると、無理矢理押し入るようなことばかりだ。それじゃ、その辺りの野党と同じだ」
「今更何を言ってやがる。似たようなことはやってきただろ」
「確かに生き延びるために多少の無茶はやったさ。しかし人の道から外れるようなことはしていないはずだ。違うか?」
『果て』を目指す旅を始めて以来、何度も危険な橋を渡ってきたが、意図的に他人の敷地を荒らしたり、物を盗んだり、誰かを殺めたりといった類いのこととは無縁だった。
「ここまで来て諦めるのか? 『果て』はすぐそこなんだぞ」
「まあ、落ち着けよ」
 飛龍が大蛇の肩を軽く叩く。
「麒麟はそれも検討する必要があると言ってるだけだ」
 しかし大蛇の興奮が治まる様子はない。
「お前、天馬のことを忘れたのかよ」
「忘れるわけないだろ」
 天馬とは、この旅で命を落とした仲間のことだ。
「ここで諦めたら、アイツの死は無駄になる」
「そいつは逆だな。これ以上深入りして、揃って後を追うことなんてアイツは望んじゃいないはずだ」
 大蛇が何かを言おうとしているのがわかったが、俺はそれを遮るように言葉を続けた。
「鯱の話は聞いただろ? ここまで厳重に管理されているということは、好奇心や探求心だけで近寄るべきものじゃない。決して触れてはいけないタブーと見て間違いない」
 大蛇が黙り混む。
 しばらく誰も口を効かなかった。それぞれ頭の中で自問自答を繰り返していたんだろう。
 最初に口を開いたのは、やはり大蛇だった。
「どうしてもやるつもりはないんだな?」
 低く唸るような声だった。
「そうだな。やめるべきだ」
「けっ、聞いたかよ。どうやら麒麟さんは怖じ気づいたらしいぜ」
 大蛇は吐き捨てるように言って、嘲笑を浮かべた。
「大蛇、言い過ぎだぞ」
「それじゃ、鯱。お前も麒麟と同じ意見ってわけか?」
 鯱が再び腕を組む。
「……いや、何か方法を考えてみよう」
「飛龍、お前は?」
「ここまで来たんだ。引き下がるわけにはいかんな」
「よし、それなら隣の部屋で作戦会議のやり直しだ。麒麟、お前はさっさと帰るんだな」
 大蛇に続いて、飛龍と鯱も部屋を出ていった。
 もはや俺には三人を止める術はなく、仕方なしに帰り支度を始めた。ここに長居をしても厄介者としてしか扱われなさそうだ。
 俺だって諦めたくはなかった。『果て』がどんなところなのか、知りたい気持ちを捨てきれたわけじゃない。
 しかし命を粗末にするつもりはない。
 馬鹿げている。
 そんなに死にたければ、死ねばいい。
 俺はゴメンだ。
 扉の向こう側で三人が話すのを背にして、俺は部屋を出た。

 しかし廊下の端のエレベーターホールまで行ったところで、自分がひどく薄情な人間に思えてきた。
 もう一度何か手がないかを考えてみるか。
 そう思いなおして、踵を返すと、エレベーターのドアが開いた。
 静寂を破るブーツの音に振り返ると、武装した四、五人の治安維持部隊の連中が俺の横を走り抜けていった。
 嫌な予感がした。
「まさか!」
 俺はその場にバッグを放り出し、奴らの後を追った。
 突き当たりの角を曲がると、奴らが俺の仲間がいる部屋の扉を蹴破り、中へ入るのが目に映った。
 そして、銃声が三つ。
 俺は足を止めることはせず、そのままの勢いで見張りの一人に体当たりをした。思っていた以上に簡単に相手を吹き飛ばすことができた。
 部屋の中を覗くと、奴らの足元に俺の仲間の三人が倒れていた。先頭に立つ一人が声を荒げる。
「後一人いるはずだ。探せ!」
 俺のことだろう。
「貴様ら! よくも!」
 武器の類いは持っていなかったが、逃げるわけにはいかない。部屋の隅にある鉄製のポールハンガーを掴み、奴らの一人の後頭部目掛けてそれを降り下ろした。ヘルメットを被っているとはいえ、さすがに不意打ちは堪えたらしく、そいつはその場にひれ伏した。
「いたぞ!」
 奴らの一人が銃を向けたが、発砲されるより先に俺はそいつの腹にハンガーで突きを入れた。うめき声を上げてその場にひざまずく。
「残りの二人も」と、身を翻したところで、二度の銃声が轟いた。胸の真ん中に激しい痛みを感じながら、俺は冷たい床を舐めた。
 そのまま身動きすることができない状態に陥り、直に意識も遠退いていった。

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