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「忙しい人たちへ(掌編集)」
忙しい人たちへ②

『だまされて、私』 -後編-

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 入金から一週間が経とうとしている。
 私はまだ生きている。
 殺し屋との約束が本当ならば、私の人生は今日で終わる。
 この一週間、会社を辞めたりとか、必要以上に夜更かししたりとか、衝動買いをするとか、そんなことはしなかった。特別なことをしてしまうと、決心が揺らぐ気がしたからだ。
 殺害方法については知らされていない。いつ、どのタイミングで私を狙ってくるのか、まるで見当がつかない。
 ドキドキする。そして怖い。
 覚悟はできているし、自分から殺してくれと言ったのにおかしな話だ。
 今日は日曜日。
 私にとって最後の休日。そして最後の一日。
 朝食は食パン、コーヒー、そしてヨーグルト。ほとんど毎日、このメニュー。時折、菓子パンやシリアルを食べたりもする。
 あっ、そうそう。駅前のお店で売られているメロンパンが格別で、それを食べるのも楽しみだったりする。一つ二百円で少し高いけど、そのくらいの値打ちは充分にある。特別なことはしないつもりだったけど、せめて今日くらいは食べたかったな。

 朝食を終えると、洗濯を始める。それから部屋の掃除、買い物。私の休日の予定コースはだいたいこれで決まり。もはや洗濯も掃除もする意味なんてないのかもしれないけど、なんだかしないと居心地が悪くなってくる。
 習慣って不思議。
 
 掃除の後、簡単に昼食を済ませてから買い物に出掛けた。場所は歩いて十分ほどのショッピングモ-ル。
 マンションのエントランスを出て歩き始めると、いつもと変わらぬ風景にどこか安心した。変化に乏しくて在り来たりな毎日のはずなのに、心の片隅でそれを望んでいたことに気が付く。
 殺し屋はどこかに隠れて私を監視しているんだろうか。
 家と家の隙間、木の後ろ、自動販売機の影。
 自然とそういう場所に目が行く。意表を突くつもりでパッと振り返ってみたりもするけど、そこには誰もいない。いや、相手はプロだし、そんなに簡単に見つけられるはずがない。それにこんなに目立つところで狙ってくることもないだろう。

 日曜日ということもあり、モール内はとても賑わっていた。このモールには二十を超える専門店と食品スーパーがある。いつもなら食品だけを買って帰るけど、今日は他の店も覗いてみることにした。
 日用雑貨、靴、かばん、アクセサリー、それに服。いいなと思うことはあっても、なかなか買うことまではしない。「どうしても」というわけじゃないからかもしれないけど、それ以上にお金のことを考えてしまう。
 小さな会社の事務員で、夕方の六時には帰れる私の給料は、決して多いとは言えない。先のことを心配して、できるだけ贅沢はしないと決めてある。
 そこでまたアイツにだまされたことを思い出した。悔しさが込み上げてきて、唇をギュッと噛みしめる。
 どうせ今日で死ぬのよ。こんな気持ちももうおしまい。

「良かったら着てみて下さい」
 店員の女性から不意に声を掛けられて、慌てた。いつの間にか紺色のワンピースを手にしていたのだ。控えめで上品なデザインのため、派手さはない。
 そう言えば、長い間、こんなの着ていないな。
 
 特別なことはしないと決めていたのに、試着室に入った。鏡に映った自分の姿を見て、急に恥ずかしくなる。着てしまった以上、すぐに脱ぐというわけにはいかない。向こうで店員が待っている。
 カーテンを開くと、店員が「よくお似合いですよ」と優しく笑った。
「体型がスリムでいらっしゃるから、体の線が出過ぎなくてとても綺麗です」
 さすがに口が上手い。お世辞とわかっているけど、悪い気はせず、思わず買ってしまいそうになる。
 でも……私にはもう必要がない。
「ゴメンなさい。せっかく着させていただいたんですけど、また今度にします」

 考えてみれば、何か買うということは未来を買っているのと同じだ。今日死ぬ人間は明日以降のことを考えて何かを買ったりはしない。
 食品売り場で野菜を眺めていて、そう思った。
 日曜日の買い物はいつも一週間分の食材をまとめ買いする。でも未来のない私には、それも必要ない。
 どこか寂しい気持ちになる。ポツンと置いてけぼりを食らったような気分。
 生きるってこういうことなんだね。
 ホンの一瞬だけど、胸が苦しくなった。
結局、今日の夕食分の食材だけを買って家に帰ることにした。当り前だけど、買い物袋は軽かった。ただ、いつもより少しだけ値段が高くていい物を買った。本当に少しだけ。

 一週間取り貯めたドラマを見るのも、日曜日の楽しみの一つだ。特に好きなのは、ケーブルテレビで放送している海外ドラマだ。もちろん、運良く今回が最終回のものなんてなく、来週以降も話は続く。彼と彼女が結ばれるのか、あの事件の犯人は誰なのか、 今の私にとっては本当につまらなくて、どうでもいいことのはずなのに、気になってしまう。
 心のどこかで命を狙われているという事実を忘れてしまっている自分がいた。

 小


 夕食を終えて、風呂に入った。
 これだって本当は必要のないことのないはずだ。体が汚れていようと、少々臭おうとも関係がない。
 何もかもが「生きていく」ということに繋がっているのだと実感する。
 風呂から上がると、いつもなら明日の弁当の用意をするところだが、それはもうしなかった。
 残された時間はあと僅か。他にするべきことがあるはずだ。
 最後に父と母、そして友達に電話を掛けておこう。
 ケータイを手に取り、自宅の電話番号を表示させたが、それ以上の操作をすることができなかった。
 何をどう話すべきかわからないのだ。できれば「死ぬ」といいうことは伏せておきたいので、「今までありがとう」とは言えない。一番伝えたいことが伝えられないのだ。
 それからしばらくケータイをテーブルに置いたままで、何もしない……というより、何もできない時間を過ごした。
 電話ができないのならば、せめて遺書だけでも書いておこうと考え直して、白い便箋と黒いボールペンを取り出した。

『お父さん、お母さんへ』

 そこまで書いて筆が止まった。書きたいことがたくさんあり過ぎてうまくまとまらず、出だしさえ書くことができない。
 子供の頃から、大人しくて控えめな性格の私。口下手で思っていることを言葉にするのがとても苦手だ。そんな私の胸の内をいつも先読みしてくれたのは、母だった。私の表情一つ見ただけで何もかも見透かしてしまう、不思議な力を持っている。
 優しくて包容力のある父は、不器用で何もできない私を「情けない」と嘆くこともなく、大きな心で受け止めてくれた。
 いつだって二人は私の味方で、何があっても力強く支えてくれた。うまくいったときは褒めてくれたし、間違った道を歩こうとしたときは叱ってくれた。困ったときは助けてくれたし、嬉しいときは一緒に喜んでくれた。
 父と母、二人との思い出が頭を過り、胸が苦しくなる。

「何かあったらいつでも帰っておいで」

 就職して、一人暮らしが決まった夜、夕食の席で母はそう言った。父は黙って頷くだけだったが、その表情は優しさに満ち溢れていた。
 私がするべきことは死ぬことじゃなくて、真実を話すことだった。
 母はきっと「そう。それは残念だったね」と、一緒に悲しんでくれただろう。
 父は「お金ならまた頑張って稼げばいいさ」と、勇気づけてくれただろう。
 本当に私って馬鹿だと思う。それもただの馬鹿じゃなくて、大馬鹿者だ。
 口元が震える。喉の奥から込み上げてくるものがあり、鼻の先がツンと痛くなった。目頭が熱くなり、涙が溢れ出た。泣くのをやめようと思っても、涙は留まることをしなかった。

「なぜ泣いている」

 思わずパッと大きく目を見開いた。
 今、確かに誰かの声が聞こえた。男の声……後ろからだ。
 振り返りたい気持ちはあっても、恐怖のせいか体が動かない。
「誰?」
 それでもどうにか声だけは出た。
 聞かなくてもわかっているはずだ。それでも聞いてしまう。
「闇」
 低くてずしりと響くその声に、心臓が大きく一つ膨れる。
「なぜ泣く必要がある。死ぬのを望んだのはお前自身のはずだ」
 男の言う通りだ。
「結婚しようって言われて幸せだったのに、だまされてた。浮かれていた自分が恥ずかしくて、惨めだった」
 先程まで声を出すのがやっとだったのに、今はスラスラと話せている。
 いつしか泣くことも忘れていた。
「アイツは今頃ヘラヘラ笑っているんだと思うと、悔しくて情けなかった。何もかもが嫌になって、死にたいって思った」
 膝の上で握った拳に、自然と力が入る。
「でも……本当はそうじゃなかった。おいしい物を食べたいし、綺麗な服も着たい。ドラマの続きだって見たい。旅行にも行きたい」
 言葉と一緒に、また涙が溢れ出てきた。
「結婚もしたいし、子供だって欲しい。親孝行だってしたい。もっと……生きていたい。それがわかったのよ。だから泣いていいる」
 男は何も答えない。
「もう今更遅いわね。こんな簡単なことなのに、なぜもっと早く気が付かなかったんだろう。やっぱり私は大馬鹿者ね」
 後悔。
 それ以外の言葉が見上がらない。
 助けてくれなんて言わない。
 決して潔いわけじゃない。人の命を食い物にしているような人間に、命乞いの言葉が役に立つわけがないとわかっているからだ。
「時間だ」
 冷たく抑揚のない男の声。やはり私の思っている通りの人間のようだ。それなら私が泣いている理由など聞かなくても良かったのに。
 目を閉じ、心の中で「今までありがとう」と、感謝の言葉を呟く。
 父、母、友達、そして会社の人たち……いろんな人の顔を一瞬で思い浮かべる。
 そして……さよなら。
 目を閉じ、覚悟を決めたつもりだったが、男は意外なことを言った。
「約束の時間が過ぎた。俺は仕事に失敗した」
「えっ」と、私は声にならぬ声を出して、再び大きく目を見開いた。
 そして男の気配は消えた。金縛りにあったかのように硬直していた体は、嘘のように軽くなり、すっと振り返ることができた。
 そこには誰もいなかった。
 全身の力が抜け、私はヘナヘナとその場に横になった。壁掛け時計が目に入った。
 時刻は午前0時五分。
 どうやら殺されずに済んだらしい。

 小

 いつの間にか眠ってしまい、そのまま床の上で目を覚ました。
 何もかもが夢だったんじゃないという気がした。
 ただ、テーブルの上には『お父さん、お母さんへ』と書かれた便箋が置いてある。
 間違いなく私の字だ。
 やっぱりあれは現実。
 いや、ひょっとすると、殺し屋に関することだけが夢、もしくは私が都合よく描いた幻想だったのかもしれない。
 考えてみれば、本当の殺し屋が標的を目の前にして、のんびりと話しなどするはずがない。ましてやそれで約束の時間を守れないなんて。
 だったら私はまただまされたのか。きっとお金も返って来ないだろう。
 でも、もういい。
 便箋を破り捨てて、会社へ行く支度を始めた。
 いつも通りに。

 空っぽに近い冷蔵庫の中身を見て、朝食がないことを思い出した。
 駅前の店でメロンパンを買って、会社で食べよう。
 仕事から帰ったら、ショッピングモールへ行こう。
一週間分の食材を買いに。
 それから紺色のワンピースも。

<了>

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~ Comment ~

拝読しました!! 

今、拝読いたしました!
良かった~、ちょうどパソコンの前にいましたので。
ありがとうございます。

まさに現代の闇の部分のお話でした。
私はここまで追い詰められたことはありませんが、
時々生きる意味を失うことがあります・・・
でも、こうして“死”を目の前にさらされると、“生きる”と言うただそれだけで幸せに思えてなりませんね。

コンクール作品とは知らずに失礼しました!!
続きが拝読できたので安心しました!
もう非公開でも大丈夫です♪♪

kotanさんへ 

生きていると本当に辛いことが多いです。その一方で嬉しいこともたくさんありますね。
kotanさんの仰るようにそういうことって、いざ死んでしまうという時にならないと実感できないものなんですよね。

こちらこそスミマセン。まだ大丈夫だと思って、非公開にしてしまいました。
ご連絡くださってありがとうございます。
また次回作もお楽しみに。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

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