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 ←『その手を差し伸べて』 -前編- →『相方よ』 -1-
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「忙しい人たちへ(掌編集)」
忙しい人たちへ①

『その手を差し伸べて』 -後編-

 ←『その手を差し伸べて』 -前編- →『相方よ』 -1-
 幼い頃、俺がつまずいて転ぶと、父はいつも右手を差し出して俺が起き上がるのを助けてくれた。すぐに抱え上げないのは、優しいアイツが考えた精一杯の厳しさだったのかもしれない。
 父は馬鹿が付くほど人の良い男だった。
 自分のことより他人のことを気に掛け、何かあったらすぐに力を貸していた。
 貸したのは力だけじゃない。
 金もだ。未だに返って来ない金がいくらかある。
 最期は見知らぬ人間の代わりに車に撥ねられて死んだ。
 俺が中学二年生の時のことだ。
 母は自分自身が亡くなるまで、そんな父を「立派だ」と言っていたが、俺には理解できなかった。
 父にはもっと守るべきものが他にもあったはずだ。
 赤の他人のために自分を犠牲にして死ぬなんてどうかしている。
 それから俺は、父を嫌いになった。
(父さんのような生き方は御免だ。他人からどう思われようと構わない。要領よく、狡賢く、損得だけを考えて生きてやるんだ)
 父の遺体を睨み、唇を噛みしめながら、俺はそう誓った。
 
 小

 目を覚ますと、白い天井が目に入った。ほのかに薬品の匂いがする。
 ここが病院であることは疑う余地がなかった。
 試しに上半身を起こしてみる。
 体中に痛みが走るが、それほど強いものではない。右手首には包帯が巻かれているが、動かすことに支障はなかった。
 ナースコールで、目が覚めたことを報せると、すぐに医師と看護師がやってきた。
 医師から聞かされた怪我の症状は、背中や腰、肩などの打撲と右手首の骨の不全骨折。所謂ヒビのことで、鉄骨が頭に倒れてくるのを庇った際にできた可能性が高いらしい。倒れてきた鉄骨が比較的軽いものだったことや高い位置からによるものではなかったこと、倒れてくる際にばらけてしまったことなどが幸いし、大事に至らずに済んだのだろうと医師は言っていた。
 救急車を呼んでくれたのは、あの男なんだろうか。
 医師にそのことを尋ねてみたが、どこにも通報者は見当たらなかったらしい。
 逃げたに違いない。
 だからと言って、別に腹も立たない。俺がアイツでもそうしただろう。

 医師が出ていった後、もう少し眠るつもりで横になったが、入れ替わりに中年の警官が尋ねてきた。そばにいるのは、俺を騙したあの男だ。酷く項垂れていて、随分と反省しているように見える。
 警官は手帳を見せて、自分の身分を証明した。そんなことは制服を見ればわかるのだが、形式上のためだろう。
「実はこの男が、あなたのために救急車を呼んだ後、暑のほうへ出頭してきましてね。事の発端は、自分があなたから金を奪おうとしたことにあると話しているんです。間違いありませんか?」
 馬鹿正直な男だ。そのまま逃げることだってできたかもしれないというのに。
 男は先程からずっと下を向いたままだ。申し訳なさそうというより、今にも泣き出しそうな情けない顔をしている。
 
 似たような顔を俺は随分前に見た。
 会社帰りに飲みに行った父が、偶然居合わせた遠方から来ている他人にタクシー代を貸し、自分は朝まで掛けて歩いて帰ってきたことがあった。
 怒り狂う母に、父は何度も頭を下げていた。「またいい人やっちゃいました。すみません」という表情でありながらも、「でも、これが僕なんです」と主張する表情のようにも見えた。
 あの時の父の顔にそっくりだ。

「いかがですか?」と、警官が再び問いただしてくる。
「はい。その通りです」
 俺の言葉に、警官が男を一瞥する。男がより一層縮こまったように見えた。
「お巡りさん、彼は私の友人ですが、本当にクソ真面目な人間でしてね。手を抜くことを知らないのです。そのせいもあってか、時折、こんなふうにハメを外して悪ふざけをするんです」
「悪ふざけ?」
 警官が目を丸くする。その隣で男も目を丸くしている。
「普通に金を貸してくれと言えばいいものを、わざわざ強盗の真似までして……きっとそれも彼の性格ゆえなんです。とことん拘るっていうのかな? 私もそういうのが嫌いじゃないので、ついつい悪ノリしてしまうんですよね」
「ということは、今回の一件は全部あんたたちのお遊びだと言うんですか?」
「そうです。大変お騒がせしました。今後は自粛します」 
 警官の表情がみるみるうちに険しいものに変わった。
「いったい何を考えているんだ! あんたらは!」 

 小
 
 警官が帰った後、俺は煙草を吸うために、病院の屋上にある喫煙所へ行くことにした。
 要件はもう済んだはずなのに、あの男も一緒に来ると言った。男は「大丈夫ですか?」と、必要以上に俺に気を遣ってきた。
 ベンチに腰掛けたのは、俺だけだった。男にも座るように言ったのだが、頑なにそれを拒んだ。
 煙草に火を着けようとして、初めて右手に不自由を感じた。ライターを使いたいのに、ちゃんと力が入らないのだ。悪戦苦闘していると、男が慌てて手を貸してくれた。
 すっと一息吸い込んで、煙を吐き出すと、それを待っていたかのように、男が「ありがとうございました」と頭を下げた。
「ああ、さっきのことか」
「そうです。あんなふうに庇ってくれるなんて、想像もしてませんでした。あなたはてっきり怒っているもんだと思っていましたから」
 腰が低く、しゃべり方も馬鹿丁寧。これが本当の彼に違いない。あの時は余程無理をしていたんだろう。
「別に怒る理由なんてない。まだ金を取られたわけでもなかったし、救急車を呼んでくれたのもあんただしな」
「でも先に助けてくれたのはあなたのほうだ」
 自分のためだけに生きてきた俺が、なぜこの男を助けたのか。
 未だによくわからない。
 あの時は損得など考える暇もなかった。
『俺の意思とは無関係に、体が勝手に反応した』
 それが今まで貫いてきた俺の生き方に対するせめてもの言い訳だ。
「あんたさ、結婚はしてるのか?」
「いや、残念ながら……」
「悪いけど、恋愛はうまそうにみえないもんな」
 俺がそう言うと、男は何も言い返すことがないといった感じで自嘲気味に笑った。
「友達は?」
「多くはないけど、少しくらいならいます」
「両親は?」
「未だ健在です。元気にやっています」
「そうか。それはいいことだ」
 他人のことなのに、なぜだか嬉しかった。
「あんたさ、今までいい人で来たんだ。無理に悪い人間になる必要なんてない。最期までいい人でいればいいじゃないか」
 男はバツが悪そうな表情をして、下を向いた。
「いい人だったのにって……そう思われながら死んでいけよ」
 男は俯いたまま、しばらく目を閉じていた。
 静かな時間が流れた。時折、吹いてくる少し冷たい風の音に紛れて、男が鼻を啜る音が聞こえる。
 やがて男がゆっくりと顔を上げ、「そうですね」と頷いた。
「僕は本当に馬鹿でした」
 実に清々しい顔をしている。
「あの時会えたのが、あなたで良かった。ありがとう」
 男がすっと右手を差し出す。
 あの日以来、俺は自分に差し出された手を掴むことも、誰かに手を差し出すこともしなくなった。
 最後にこんなふうに誰かに感謝されたのは、いつだっただろう。
 不慣れなことに戸惑ってしまい、素直にそれに応えられない。
「そうか。右手は駄目でしたね」
 男が笑いながら出し直した左手を、俺は恐る恐る握り返した。
 お互いの手にぐっと力が入る。
「ありがとう」と、男が再び感謝の気持ちを口にする。
 俺の頭の中に父の顔が浮かぶ。
 
 父は馬鹿が付くほど人の良い男だった。
 父のような生き方は御免。
 俺はずっとそう思っていた。
 しかし、今、ようやく父の気持ちがわかった気がする。
 ほんの少しだけ……。

<了>

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