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 ←『時間ができたら』 →『その手を差し伸べて』 -後編-
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「忙しい人たちへ(掌編集)」
忙しい人たちへ①

『その手を差し伸べて』 -前編-

 ←『時間ができたら』 →『その手を差し伸べて』 -後編-
 膝が痛い。
 まだ傷を見たわけでもないのに、擦り剝け、血だらけになったことを勝手に想像してしまう。
 地面に這いつくばった姿勢のまま、必死で涙を堪える。
 泣きたいのは、傷が痛むからか。
 あるいは、つまずき、転んでしまったことが惨めだからか。
「さあ、掴まって」
 優しい声と共に、目の前に差し伸べられた大きな右手。幾重もの深い皺と小さな傷が刻まれたそれは、お世辞にも美しいものとは言えなかった。
「ほら」
 その不格好な右手が、早く捕まれと催促してくるので、俺も右手を伸ばして、それに応えた。
 相手の手にギュッと力が入ったかと思うと、俺の体はふわりと浮き上がり、次の瞬間には地面の上に足を揃えて立っていた。
 膝は少し擦り剝けているだけで、想像していたよりもずっと軽い傷だった。
「大丈夫。大したことはない。これくらいすぐに治るさ」
 右手の主は、楽しげに笑いながら俺の頭を撫でた。
 もう膝は痛くない。
 転んだことに対する惨めな気持ちも、どこかへ行ってしまった。
 それなのに……どうして涙が止まらないんだろう。

 小

「残念ですが……」
 神妙な面持ちで語る医師の言葉に、俺はただ「そうですか」と答えるしかしなかった。
 その後も話は続いたが、あまり聞いてはいなかった。
 今更処方されるような薬もないため、会計だけをさっさと済ませて病院を出た。
 電車で帰るため、駅を目指す。
 少し前なら、歩いて五分というその僅かな距離だけでシャツが汗で湿っていたが、今は違う。むしろ、吹き抜けていく風を冷たく感じるほどだ。
 駅前で、数人の若い男女が首から白い箱をぶら下げて、募金を呼び掛けていた。
 学生だろうか。
 足元の看板に貼られたポスターには、『恵まれない子供たちに愛の手を』のキャッチコピーと共に、鼻を垂らして悲しげな目をする黒人の男児の写真が映っている。
 大抵の者は、募金は愚か、若者たちの声に耳を傾けることやポスターに目を向けることさえせずに、その場を通り過ぎていく。
 俺もそのうちの一人だった。
 募金なんてしたのは、小学校の時だけだ。それも教師に言われるがまま、半ば強制的にだ。代わりに何の役にも立たない小さな赤い羽根をもらった。
 あんなことに果たして意味があるのか。
 いつかそいつらが一人前になって、俺のところへ感謝の言葉を伝えに来てくれるとでも言うのか。

 エスカレーターを登ると、すぐに切符の販売機がある。一番空いている列に加わったのだが、俺の前にいる年老いた女が頭上の路線図を眺めながら、どこかの駅名を繰り返し呟いている。
 恐らく自分が降りる駅を探しているのだろう。
 なぜ順番が回ってくるまでに確認しておかなかったのか。あるいは先に料金を確認しておいてから列に並べば済む話のはずだ。
 要領の悪い女に苛立っていると、隣の販売機が空いたため、素早くそちらへ移って切符を買った。
改札を潜ると、ちょうどいいタイミングで電車がホームへと入ってきた。あの女に構っていたら、もう一つ後の電車に乗る羽目になっていた。急ぐ理由はないが、他人のために時間を取られるのは馬鹿げている。
 運良く空いている席が見つかったため、そこへ腰掛けた。年寄りの男がやってきて、「駄目だったか……」と、酷く残念そうな表情を浮かべ、溜息を零しながら吊革に手を伸ばした。
 電車が揺れる度に、その男が左右にふらついているのがわかったが、俺は席を譲ったりはしなかった。目を閉じて、知らぬ振りをした。
 なにせ、俺は病人だからな。それも重症だ。

「持って後一年」

 医師から与えられた死の宣告に、俺が「そうですか」としか答えなかった理由は、絶望したからじゃない。
 特に何も感じなかったからだ。
 運命なら仕方がない。そう思った。
 俺には守るべき家族もいないし、恋人も友人もいない。両親は随分昔に亡くなったし、会社の連中は仕事だけの付き合いで、帰りに一杯やるような間柄でさえない。
 俺は常に自分にとっての損得のみを考えて生きてきた。警察にこそ世話になっていないが、そのためには人を騙したりもしたし、こっそりと何かを盗んだりもした。
 決していい人間などではない。
「罰が当たった」と言う者はいても、「まだ若いのに」と悲しむ者はいないだろう。
 後悔などない。俺自身が選んだ生き方だからだ。

 小

 地元へ戻り、夜までパチンコ屋で遊んだ後、適当な飲み屋で一杯やって、家へ帰ることにした。
 賑やかな表通りから離れ、薄暗くて狭い裏通りへと入った。人の往来が少なくひっそりとしており、俺のような人間に相応しい帰り道だ。今夜は満月のためか、いつもより少しばかり明るい気がした。
 コインパーキングのところを曲がり、緩やかな坂道を下っていくと、直に俺の住むマンションが見える。安いワンルームマンションで、外も中もお世辞にも綺麗とは言えない。
 ただ、その前に、随分昔に潰れてしまった工場のそばを横切る必要がある。幽霊だとか怪奇現象だとか、その手の話は信じない質だが、やはり気味が悪い。
 工場が視界に入ったところで、歩く速度を上げた。
 さっさと通り過ぎてしまおう。
 そう思っていたのだが、幽霊や怪奇現象ほど非現実的ではないにせよ、いつもとは違った光景を目にしてしまい、勝手に足が止まった。
 背広を着た一人の男が、塗装がボロボロにはげ落ちた工場の壁にもたれかかっていたのだ。
 年齢は俺と同じ四十代後半くらいか、あるいはもう少し若いか。
 ワイシャツの腹の辺りが赤く染まっており、単なる酔っ払いの類ではないことは、容易に察しが付いた。
 突然のことで、つい足を止めてしまったが、下手に関わり合っては厄介だ。
 このまま、素知らぬ振りを通そう。
 再び速足で歩き始め、男の脇を通り抜けようとすると、男に左足を掴まれた。
 全身の血の気が引く。
「お願いします。助けてください」
 痛みを堪える表情を浮かべながら、男が縋るように、俺の左足に両手でしがみついてくる。
「放せ! 面倒に関わるのは御免だ」
「そんなこと言わずに頼みます! 刺されたんです。見知らぬ男に」
 男の手の力が次第に強くなってくるのがわかる。そのまま、俺の頭の先まで這い上がってきそうな勢いだ。
 こうベタベタと触られたのでは、男の血は間違いなく俺の服に付着しているだろう。そうなると、もしこの男が死んだ場合、俺が疑われることにもなりかねない。
 放っておくのは得策じゃない。
「わかった。わかったから、とりあえずその手を放せ」
 それに助けてやれば、多少は礼がもらえるかもしれないしな。
「放した途端、逃げるつもりじゃないでしょうね?」
「心配するな。そんなことはしない」
 男は「助かります」と言って、両手の力を緩めた。
「傷はどんな具合だ?」
 俺は男のそばにそっと腰を下ろし、傷口があるであろう腹の辺りに視線を移した。血の色の薄さに違和感を感じた瞬間、痛みに歪んでいたはずの男の表情は、不気味な笑いに一変した。
「引っ掛かったな」
 その右手には果物ナイフが握られていた。

 小

 男に促され、そのまま工場の中へと入った。
「有り金を全部おいていけ」
 男は俺にナイフを向けたままの姿勢で、顎をしゃくった。
 照明などなく、辺りは真っ暗だったが、壁やガラス、天井など、至る所に穴が空いているため、そこから入ってくる街灯の光と月明りで、男の表情はよくわかる。
「残念だが金なんてない。さっきパチンコでスッてきたばかりなんでな。それにあったとしてもあんたにやるのは御免だな」
「何? あんた、これが怖くないのか? 俺は本気だそ」
 男がナイフを俺のほうへスッと差し出す。刃先が揺れている。
 やはりそうか。
「やれるもんなら、やってみろ。俺はそんなもん、怖くはない」
「うっ、嘘を付け! じゃあ、なぜ中に入った? 刺されるのが怖いからだろうが!」
「残念だが、違うな」
 じりじりと俺が詰め寄ると、男の足はそれに呼応するかのように後ろへと下がっていく。
 思った通り、コイツはそんなに度胸のある奴じゃない。
「あんたの手が震えていたのがわかったからな。逆に金を取ってやるつもりだったのさ」
 男の顔が歪む。
「まあ、金がないから『金を寄越せ』って言うんだろうけどな。その気になれば、いくらでも金を巻き上げることくらいできる。カードなり、消費者金融なりで金を借りさせたりしてな」
 もちろん、本気でそんなことをするつもりはない。
 俺はワザと目を尖らせて、更に男に詰め寄った。
 騙された腹いせに、少しからかってやろうと思っただけだ。
 もうこの辺りで勘弁してやってもいい。多少の憂さ晴らしにはなったしな。
 ところが男の後ずさりはそこで止まった。ナイフを両手で握り直し、キッと鋭い目で俺を睨んでいる。先程までの怯えた表情が嘘のようだ。
「やるならやれよ。俺はカードローンも消費者金融の取立ても怖くはない。死ぬことさえ怖くない。どうせ、後一年の命なんだ」
 その言葉で、俺は一瞬、大きく目を見開いた。
「後一年?」
「そうさ。癌だよ。俺はな、今まで定規で計ったかのように、真っ直ぐな人生を歩んできた。誰が見ても、真面目でいい人。自分を犠牲にしてでも、他人のために行動する。そんな人間だ」
 俺の脳裏をある人物の顔が横切った。
「当然、警察の世話になるようなことはないし、人を殴ったことも、万引きさえしたこともない。やったのは信号無視と駐禁くらいで、決して後ろ指を差されるような生き方はしていない」
 そうだ。アイツと同じだ。
「それなのに……なんで俺なんだよ。死んで当然の奴なんて他にいくらでもいるだろうに……腹が立って仕方がないよ」
 今度は今にも泣き出しそうな顔になる。感情の揺れが手に取るようにわかる。
 しかし俺は男を気の毒だとは思わない。
「それでヤケになって強盗か?」
「そうだ。真面目にやっているのが馬鹿らしくなったのさ。本当は金なんてどうでもいい。何でも構わない。今まで自分がやらなかったことをやってやるつもりだった」
 俺は鼻を鳴らし、吐き捨てるように「くだらねえ」と言った。
「なんだと!」
「それがあんたのやりたいことか? 刺したけりゃ刺せよ。そんなことをして本当に満足できるならな。さあ、刺せ」
 先程のように、俺は男へと滲み寄った。
 こんなに腹が立つのは、アイツと似ているからに他ならない。
 男が「クソーッ」と声を張り上げ、ナイフを構えた姿勢のまま俺のほうへと踏み出した。
 俺がそれを避ける体勢を整えた瞬間だった。
 足元がぐらぐらと揺れ始めた。
 男も俺も反射的に上を見た。電球の割れた照明や吊り下げ型のクレーンが揺れている。
 地震のようだ。
 男の頭上に鉄骨が数本倒れてくるのが、俺の目に入った。
「危ない!」
 そう叫ぶと同時に、俺は両手で男を突き飛ばしていた。その後すぐに、体中に激しい痛みを感じて、地面にひれ伏した。
 説明されなくても、状況はよくわかった。

 俺はいったい何をしているんだ。
 なぜ自分を犠牲にして、こんな見知らぬ男を助けたんだ。 
 どんな時も自分の損得だけを考えて生きてきた俺が……なぜだ。
 余命後一年とか言われて、頭がどうかしたのか。

「さあ、掴まって」
 薄れゆく意識の中、俺に向かって右手が差し出されるのが見えた。

<後編へ続く>
 
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