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「忙しい人たちへ(掌編集)」
忙しい人たちへ①

『アイドルを拾いました』

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 バイトの帰りに、いつも抜け道として横切る公園がある。
 ジョギングコースになるくらいの大きな公園のため、外周をぐるりと回って歩くよりずっと時間の短縮になるのだ。
 今日も例外なく、そこを利用する。
 夕食時ということに、数日前からの急な冷え込みが手伝って人気はほとんどなかった。
 そんな中、茶色のコートに身を包み、寒そうにベンチで背中を丸めている女の子を見つけた。歳は僕より少し年下の十代後半くらいだろう。弱々しいオレンジ色の街灯のせいで、とても寂しそうに見える。
 僕は彼女のことを知っている。ただし、恋人ではないし、友達でもない。密やかに思いを寄せている子でもないし、近所に住む子ですらない。
 本当は、こんなところにいるのがあり得ないような人だ。人違いの可能性がないわけじゃない。例えそうだとしても、一時の恥だ。というより、すでに大興奮の僕にとって、そんなことは無関係だった。
「あの、すみません」
 僕の呼びかけに女の子がゆっくりと顔を上げる。
 メガネを掛けて、いつもは下ろしているロングヘアを一つに束ねているが、やはり間違いない。
「MKG44の水原留亜ちゃんだよね?」
 MKGはメッチャカワイイガールズの略称で、総勢四十四名の今、最も売れているアイドルグループだ。
「バレちゃった?」と、女の子は舌を出して笑った。
「これでも変装したつもりだったんだけど」
「わかるよ。俺、留亜ちゃんのファンだし」
「マジ? あんた、物好きだね」
 どうして自分のことをそんなふうに言うのだろう。
「サイン、もらっていい? 友達に自慢するんだ」
「私なんかのサインで自慢できるの?」
「もちろん」
 そうは言ったものの、生憎手ぶらでサインをもらえるようなものは何も持っていなかった。
「ゴメン。俺、何も持ってないや。ペンもないし」
「千切ったノートでも良かったらあげられるけど」
「全然それでもいいよ! だって留亜ちゃんのノートなんだし。むしろ、ラッキーだよ」
 留亜は「ありがとう」と、照れ臭そうに笑った後、スポーツバッグの中からノートを取り出した。空白のページを探し、ピンクのボールペンで『水原留亜』と書いてくれた。俗にいう芸能人のサインと呼ばれる崩した文字ではなく、普通の女の子の書く丸い形をしたものだった。彼女が千切って差し出したページを受け取ると、僕はそれをまじまじと見つめた。自然と笑みが零れ、ニンマリしてしまう。
「ところでさ、こんな寒い場所で何しているの? レッスンの帰り? それともライブかな?」
 留亜は何も答えずに、下を向いた。
 聞いたら不味かっただろうか。
 留亜はすっと立ち上がって、スポーツバッグを肩にかけた。
「ねえ、カラオケ行こうか?」
 まるで僕の質問はなかったかのようだった。やはり答えたくないのだろう。
「俺はかまわないけど、いいの? 誰かに見られたら週刊誌のいいネタだよ。それにMKGは恋愛禁止だろ?」
 あはははと、留亜はとても楽しそうに笑った。
「今、出会ったばっかりで恋愛はないじゃん」
 留亜の言葉で顔全体が熱くなった。確かにその通りだ。
「それに、私なんかの密会なんてスクープにならないよ」
「そう?」
「それよりさ、早く行こうよ」

 こうして僕は、半ば強引に留亜とカラオケに行くことになった。もちろん、僕にとってはラッキーだったけど。
 カラオケボックスに入ると、まずは僕が留亜に『恋のマグナム』をリクエストした。MKGの代表曲だ。イントロが流れると、留亜が踊り始めた。劇場やテレビのステージに比べると、悲しいほど狭かったが、それでも僕一人のためだと思うと興奮した。体が自然に動き、リズムを刻んでいた。「留亜~!」なんて歓声まで出てしまう。
 留亜も手を振り、それに応えてくれる。気分はもうサイコー!
 歌い終えた留亜に、惜しみない拍手を送った。
「いいね! 一人で唄うのは聴いたことないから、メッチャ新鮮だよ」
 僕がそう言うと、留亜の表情が途端に曇り始めた。
「なんかマズイこと、言ったかな?」と、気が気でなくなる。
「ううん。大丈夫」
 留亜は笑ったが、大丈夫そうには見えなかった。理由を尋ねたい気もしたがそれ以上、掘り下げるのはやめておいた。
「あのさ、もう一曲リクエストしていいかな?」
 相変わらず、僕の興奮は衰えることなく、次もMKGの曲を選ぶつもりだった。ところが留亜は、僕の胸の内を読み取ったかのように「ゴメン。できれば、違うアーティストの歌がいいな」と、それを遮った。
 まあ、この流れなら誰でも気が付くか。仕事で散々唄っているんだし、カラオケに来てまで唄いたくないよな。
「じゃあ、留亜ちゃんの好きな曲を唄いなよ」
「ありがとう」と言って、留亜は次の曲を唄い始めた。とても上手だった。そして『恋のマグナム』のときよりずっと楽しそうにしている。
「すごく上手いね。ソロでもいけるんじゃない?」
「そんなの無理に決まっているよ」
 再び留亜の顔が曇る。
「私のランキング、知っているでしょ?」
 ランキングというのは、MKGのホームページ内で月に一度発表される、メンバーの順位だ。投票はファンによって行われる。留亜は大抵、四十四人中の四十位以下だ。つまり決して人気があるわけではない。
「私もMKGに入ったときは、すぐ一位になって、卒業したら歌手か女優になる。そう思ってたんだ」
 留亜は下を向き、膝の上で拳を握って自嘲気味に笑った。
「でも現実は違ってた。順位は下から数えたほうが早いし、PVとかライブビデオ見ても、どこにいるか、どこ唄っているかわかんないしね」
 確かに留亜の言う通りだ。順位により、ステージでの立ち位置やソロパートも変わる。留亜はカメラワークから外れていることが多いし、どの曲にもソロパートがない。
「情けないわよ。ファン投票なんて何の当てにもならないのにさ。知ってる? みおりんって人気あるけど、タバコ吸ってるんだよ」
 留亜の表情が一変して生き生きとしたものに変わる。
「えみえみは酒癖悪いし、まおちんはメッチャ上から目線なんだよ。アッキーは男と遊んだ自慢ばかりしている」
 気分は良くなかった。僕の胸の内など考えもせずに、留亜は続ける。
「さおりんは元ヤンだって……」
「もういいよ。頼むからやめてくれよ。留亜ちゃんの口からそんなの聞きたくないよ」
「……ゴメン。でもね……」
「アイドルは夢を与えるのが仕事だろ? ファンから夢を奪うようなことはするべきじゃないと思うけどな」
 留亜は黙って下を向き、唇をギュッと噛み締めていた。しばらくすると、ふうっと息を吐き出して、「私さ」と呟いた。
「MKG、辞めようかなって思っていて……」
 何か悩んでいるんだろうという気はしていた。
「……それで思い詰めた顔していたんだ」
 留亜が静かに頷く。
「一生懸命努力はした?」
「自分ではそのつもり」
 そう言われると、もっと頑張れとはなかなか言いにくい。何かいい手はないかと、ほんの少し頭を働かせてみた。
「だったらさ……違う仕事を探してみたら? そのために学校に行ってもいいかもしれない。そうそう、留亜ちゃんはバイトとかしたことある?」
 留亜は首を横に振る。
「高校出てすぐに今の仕事を始めたから……」
「じゃあさ、俺と一緒にバイトしてみる? 店長に頼んであげるから」
「何のバイト?」
「喫茶店。今風のカフェみたいにオシャレな店じゃないけどさ」
「でも、そんなの、急に大丈夫なの?」
「店長って言っても、俺の叔父さんなんだ。一週間くらいなら問題ないよ。MKGのほうは風邪とか適当に言っておけばいいしさ」
「どうしよう……」
「このまま迷いながらMKGを続けても仕方ないだろうし、新しい空気を吸うつもりでどうかな?」
留亜はしばらく黙りこんでいたが、やがて「お願いしようかな」と微笑んだ。そのかわいらしい顔にドキッとする。
 やっぱりアイドルだよな。
「でもさ、一つ聞きたいことがあるのよね」
「何?」
「あんたの名前」
「あっ」
 そういや、まだ自己紹介してなかった。

小

 僕が事情を話すと、叔父は留亜のバイトの件を快く承諾してくれた。ただし、期間は一週間限定。勤務時間は午後一時から午後六時の閉店までで、時給は六百五十円。妥当な条件だと思う。
 留亜にあてがわれた仕事は接客。席への案内と注文、飲み物や料理を運んだり、食器を下げたりだ。
 叔父には申し訳ないが、お世辞にも大流行とは言えないので、忙しさに留亜が慌てふためくということはないだろう。
 とりあえず留亜には、僕の隣にいて仕事を見てもらうことにした。まずはお客さんの席への案内から、注文まで。
 一連の流れを終えて、「やってみる?」と、尋ねてみた。留亜は少し不安げな表情を浮かべたものの、すぐに「うん」と頷いた。
 しばらくして初老の男女が店にやってきた。毎週二、三度は来る常連客だ。
 留亜が物腰柔らかく、二人のそばに歩み寄る。
「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」
 元気があり、聞いていて、とても気持ちの良い声だ。常連の二人は突然の留亜の登場に少し驚いている様子だった。留亜もそれに気がついたのか、「今日からお世話になります。水原留亜です。よろしくお願いします」と、笑顔で自己紹介をした。
「カワイイ子ね。将太君の恋人?」
 女性のほうが僕をからかった。
「そうだったらいいんですけどね」と冗談混じりに答えたが、九十パーセントは本気だった。チラリと留亜の表情を伺ってみると、「そんなことは絶対あり得ません」と真っ向から否定された。僕はひっそりと肩を落とした。
 それから留亜は二人を窓際の席に案内して水を運んだ後、注文を取った。
「マスター、ホット二つです!」
 景気のいい、よく響く声だった。
「はいよ、ホット二つ」と、叔父はそれに応えたが、常連である二人の注文は熟知しているため、すでに用意を始めていた。
 しばらくして美味しそうなコーヒーの香りが漂ってきた。叔父が優しい手つきで、コーヒーをカップに注ぐ。
「はい。ホット二つ。お待ちどうさま」
 留亜がカップをトレイに乗せ、客の待つテーブルへ向かう。その姿は実に堂々としており、まるで緊張しているようには見えなかった。
「お待たせ致しました」
 留亜は二つのカップをそっとテーブルに置いて、「ごゆっくりどうぞ」と微笑んだ。文句なしにかわいかった。
 やっぱりアイドルだよな。
 僕は再びそう実感して、一人納得する。
 カウンターに戻ってきた留亜は、ひと仕事を終えたという感じで、ふうっと大きく息をついた。
「マスター、何点ですか?」
 少し冗談めかして、叔父に尋ねてみた。
「百点! お前の代わりにずっといてもらいたいよ」
「ガーン」
「なんといってもカワイイ! お前と違って華がある!」
「そりゃ、比べるのが酷だよ」
「留亜ちゃん、その調子で頼むよ」
「はい。ありがとうございます。頑張ります」
 昨日までの落ち込みようが嘘みたいだった。

 新しい客がやってきた。
 留亜がさっと素早く動き、中年の男性を出迎えた。先ほどと同じ調子でテーブルへと案内する。水を持って行き、しばらくすると、留亜が戻ってきて、僕のセーターの袖を引っ張った。
「ねえ、レイコさんって知ってる?」
「レイコ?」
 留亜の唐突な質問の意味がよくわからなかった。とても訝しげな表情をしている。
「注文を聞いたら、レイコって言われた」
 留亜の言葉で思わず吹き出した。
「冷コー、アイスコーヒーのことだよ。レイは冷えるのレイ。関西の年配の方なんかがよく使うんだ」
「そうなんだ。私、てっきり援助交際かなんかの斡旋もしているのかと思っちゃった」
 どんな発想だ。

小

 約束の一週間が過ぎ、最後の後片付けが始まった。僕が食器を下げると、留亜がテーブルを拭いた。
「やってみてどうだった?」
 僕の問いかけに対し、留亜は「楽しかったよ」と無邪気な笑顔を見せた。
「発見もあったし、いろいろ勉強にもなった」
「そうだろ? アイドルに比べれば地味かもしれないけど、やりがいや面白さを感じられるかは自分次第だと思うんだ」
 留亜が手を止めて、僕の顔をじっと見る。
「今の仕事が向いていないって思うなら、違う仕事を探せばいいよ。俺たちはまだ若いんだし、いくらでもやり直しできるよ」
 留亜が「そうだね」と頷く。
「でもさ、今の仕事、もう少し続けてもいいんじゃないかな? アイドルになりたくてもなれない子はたくさんいるんだし」
「うん」
「何よりさ。俺が続けて欲しいんだ。留亜ちゃんのファンだから」
 照れ臭さがなかったと言えば嘘になる。しかし本心だった。
「ありがとう」
 留亜も少し顔を赤くしている。
「実を言うとさ。そろそろ戻りたくなっていたんだよね」
「そうだったんだ」
「やっぱり私、あの仕事が好き」
 留亜の顔を見ると、それが偽りのない言葉だとわかる。
「じゃあ、まだ頑張れるよね?」
「うん」
 留亜が頷き、僕はそっと胸を撫で下ろした。
「そういうお前も、そろそろ何か探さないとな」
 叔父だった。
「どういうことなの?」と、留亜が首を傾げる。
「実は俺も自分探しの途中なんだ。美術系の専門学校を卒業して、一度は就職したけど、なんか違うなって思って辞めたんだ」
 上司に辞表を提出したあの日のことが頭を過る。散々悩み、苦しんだ末の結果だった。驚くほど気が楽になったのをよく覚えている。
「今は叔父さんのお世話になりながら、やりたいことを探しているんだ」
「なあんだ。あんたも私と一緒じゃん」
 そう言って、留亜はクスクスと笑ったが、「でもね」と、すぐに真面目な顔に戻った。
「あんたにはメチャクチャ感謝!」
 留亜が右手を差し出してきたので、僕はそれをギュッと握り返した。小さくて、細い指をした、かわいらしい手だ。アイドルのほうから握手を頼まれるファンなんて、きっと僕だけに違いない。

小

 それから一ヶ月後、MKGのホームページを覗くと、留亜の順位が三十六位まで上がっていた。
 何かに向かって一生懸命に姿というのは、自然と人を惹き付けるものなのかもしれない 。
 スマホをポケットに仕舞って、僕は立ち上がった。ネクタイを締め、上着を着ると、気持ちも引き締まった。
 これから面接に行くのだ。
 留亜のように、一生懸命になれるもの、胸を張って好きだと言えるもの、そんな仕事を僕も早く見つけたい。

<了>

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