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「忙しい人たちへ(掌編集)」
忙しい人たちへ①

『そしてまた』

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「オーライ、オーライ」
 作業服を着た男の誘導で、トラックの荷台に乗せられたショベルカーが道路に向かってゆっくりと降下を始める。辺りに響き渡るタラップの軋む音が、その重さをよく伝える。重機とはよく言ったものだ。
 これから、私のとって格別の思い入れのある建物が解体される。

 建築士になることが夢だった私は、大学卒業後、決して大きくはないが、『西原建築事務所』という、地元ではそれなりに名前の売れた建築家のいる事務所に就職した。しばらくは下積みで辛いことも多いだろうと、ある程度の覚悟はしていたが、それは思った以上だった。
 毎日毎日、先生やその他の上司に付き、打ち合わせのための資料を集めたり、彼らのアイデアをただ形にするだけのアシスタントのような仕事ばかりをやっていた。
 不満だった。
 俺にだっていくらでもアイデアはあるし、絶対にいいものを作り出せる自信がある。
 そう思っていた。
 物件を丸一つ任せてもらうために、まずは一級建築士の資格を取得することを目指した。実務経験は二年以上あったので、受験資格はすでに持っていた。
 仕事から帰ると、夕食を取りながら参考書を読みふけり、休日は学校に通った。趣味や恋人は諦めて、自由に使える時間は全て勉強に費やした。

 それでも合格に二年が掛かった。
 しかし頑張りは先生にちゃんと認められ、ようやく一つの物件を任された。
 それがこの『米沢内科』だった。
 敷地面積およそ七十坪、RC造の二階建て。スロープ状のメインエントランスとガレージが二台分。入院用の病室は二階に四つ。
決して大きな病院とは言えないが、初めて任せられた仕事だったため、私は張り切っていた。
 施主である米沢氏は当時三十五歳。開業を考えていた。つまり院長になる人だ。
 痩せ型で銀縁の眼鏡を掛けた、見るからに神経質そうなタイプの男性だった。
 最初の打ち合わせには、院長の自宅に呼ばれた。
「江崎です。よろしくお願いします」と、私が名刺を差し出すと、「どうも」と言って受け取りはしたものの、少しも笑うことはしなかった。
 そしてお茶を出してくれるわけでもなく、「こちらの要望としては……」と、突然、自分の思いを口にし始めたのだ。慌ててメモを取り出したことを覚えている。

 それから数日後、手早くラフ図を描き上げた私は、早速院長のところへ向かった。プランについて説明しようとすると、院長は右手を軽く挙げて、それを遮った。そしてしばらく黙ったまま、じっと図面を見つめていた。
 自信はあったが、やはり胸が高鳴った。恐ろしいほど長い沈黙の時間があって、ようやく院長が口を開いた。
「正直言ってがっかりだな」
「えっ!」と言ったつもりだったが、思ってもみない言葉だったので、声が出なかった。
「西原先生にお願いしたので期待していたんだけどね」
 その口調も、視線も、とても冷たいものだった。
 私は慌てて弁解をした。
「あっ、いえ、これは単に私が未熟なだけであって、西原がどうというわけでは」
「でもあんたは西原建築事務所の代表としてここへ来たわけだろ?」
「それは……そうです」
「それならそういうことは言うべきじゃない。あなたの技量がどの程度かだなんて、客である私には関係ない。あんたの仕事イコール西原建築事務所に仕事なんだからさ」
「申し訳ございません」
 私は立ち上がって深く頭を下げた。
「お詫びなんていらないから、ちゃんとしたものを提案してもらいたいね。このプランは患者やここで働く人のことを全く考えていないよな? あんた、いったいどんな気持ちでこれを考えた?」
 ダメ出しというより、もはや説教だった。教師に叱られる生徒のように、私はうなだれた姿勢で、ただそれを聞くしかなかった。結局、私が自分のプランについて話せる時間は、全く取ってもらえなかった。

 意気消沈して事務所に帰ると、息つく暇もなく、西原先生に「どうだった?」と訪ねられた。
「すみません。ボロクソでした」
「だろうな」
 そう言って、先生は笑った。私は思わず目を丸くした。
「どういうことですか?」
「お前の図面を見た瞬間、こうなることはすぐにわかったよ」
「そんな……だったらどうして教えてくれなかったのですか?」
「この程度の物件なら俺一人でやれる。お前はそう思っていただろ?」
「いいえ、そんなことはありません」
「江崎、お前、誰かに言われたことないか? 嘘ついているときには鼻が膨らむって」
「えっ!」
 反射的に私は自分の鼻を触っていた。
「嘘だよ」
 そこで初めて先生に乗せられたのだと気が付いた。
「いいか。この仕事はな、お前が考えているほど甘くはない。それをわからせるために敢えて何も言わなかった。こういうことはお客さんに言われたほうが堪えるからな……実際に、お前自身はどう思う? 米沢院長に見る目がなかったと思うか?」
 考える必要もない。すでに答えは出ている。
「いいえ。米沢院長の仰ることは正しかったです。僕のプランは……患者や従業員の方に対する細やかな気配りのできたものではありませんでした」
「それを指摘されなければ気が付かないようではまるで駄目だ。しかもお客さんに指摘されているんだからな……これほど恥ずかしい話はないと思わんか?」
 体中の空気が抜け、シュッと萎んでいくような感覚がした。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「はい。申し訳ありません。肝に銘じておきます。次の物件からまた頑張ります」
 深く頭を下げて、自分の席に戻ろうとすると、「ちょっと待て」と、西原先生が私を止めた。
「誰が米沢内科の担当なんだ?」
「えっ、私はクビではないのですか?」
「バカタレ。一度背負い込んだ仕事は最後までやり切れ。今日のはまだ序の口だ。悪いがお前にはとことん苦しんでもらうぞ」
「はあ……」
「厳しいようだが、この程度でへこたれるくらいような奴なら、俺の事務所にはいらない」
 先生にそこまで言われたのは、入社以来初めてだった。
「でも、僕のせいで先生の信頼がなくなったら……」
私がそう言うと、先生は「ガハハハ」と豪快に笑った。
「どこまでも自惚れの強い奴だな。お前のヘマくらいで信頼をなくすほど、俺はちっぽけじゃない。いくらでもヘマこいてこい」
 先生の言葉に胸が熱くなり、涙が零れそうになった。それをぐっと堪えて、私はどうにか聞きとれるほどの小さな声で、「ありがとうございます」と伝えた。

小
 
 先生が言ったように、この仕事はそんなに甘くはなかった。
 何度もプランを練り直して、米沢院長に見せに行ったが、簡単には納得してもらえなかった。米沢院長は細かいうえに、こだわりが強く、どうにか自分の考えや思い浮かんだものを形にしようとして、決して妥協することをしない人だった。
 打合せと練り直しを繰り返す毎日が続いた。
 そして、先生も甘くはなかった。構造的なことはアドバイスしてくれるが、そこをどんなふうに使うか、どう見せれば格好が良いかは教えてはくれなかった。
 一向に先の見えない状況に、私は次第に疲れ始めていた。

 五度目の打ち合わせが終わって、事務所に戻ったときのことだ。
「江崎、ちょっといいか」と、先生が改まった口調で僕を応接室に呼んだ。心当たりと言えば、米沢内科のことだけだった。
 応接室に入ると、先生と共にソファに腰掛けた。
「さっき、米沢院長から俺宛に電話があった」
「電話……ですか?」
 私に対する進捗状況の確認程度で、まさか電話だとは思っていなかった。
「ああ。担当を変えてくれってさ」
 私は何も言い返せなかった。
 さすがに痺れを切らしたのだろう。無理もない。
「俺が引き継ぐ予定だ」
 悔しいという気持ちより、ようやく解放されたという気持ちのほうが大きかった。
「資料を一式持ってこい」
「はい」と返事をして、私は応接室を出た。
 自分の席に行き、資料を手にした途端、やはりどこか納得していない自分に気が付いた。そこから自問自答が始まった。

 本当にそれでいいのか。
 自分のプランで勝負したいという気持ちはどこに行った。
 お前の情熱はその程度だったのか。
 寝る間も惜しみ、やりたいことも我慢して建築士の資格を取ったんだろ。

「もうやめろよ」という声は一つも聞こえなかった。

 私は資料をそのまま机の上に戻して、応接室に戻った。
 先生は先程と変わらず、ソファに腰を掛けていた。
「先生、やっぱり僕に最後までやらせてもらえませんか?」
 私の言葉にも先生の表情は変わらなかった。そうなるとわかっていたに違いない。
「一度背負い込んだ仕事は最後までやり切れ。先生はそうおっしゃいましたよね?」
 先生は黙って頷いた。
「それが西原建築事務所の方針ですよね?」
 先生が再び頷く。
「僕は西原建築事務所の江崎です。だから最後までやり切ります。事務所の看板に泥を塗ったまま終わるわけにはいきません」
「そうか」と言って、先生は腕組みをする。
「お前の気持ちはよくわかったが、最後までやらせるかどうかは、俺が決めることじゃない。わかるな?」
 もちろん、わかる。
「今からもう一度、米沢院長のところへ行ってきます」
 慌てて出掛けようとすると、先生が「江崎」と、もう一度私を呼んだ。
「はい」
「お前の塗った泥くらい、いくらでも洗い流してやるからな」
 そう言って、またいつものようにガハハと笑った。
 私は先生のほうへと向き直って、深く頭を下げた。
 
 米沢院長は僕の再訪にも嫌な顔一つせず、家の中へ通してくれた。ただし、勧めてくれたのは椅子だけで、お茶は出してくれなかった。
「西原先生への引き継ぎは終わったの?」
「その件でお話ししたくてここへ戻ってきました」
 院長は、少々呆れたような口調で「話ね」と言って、私の向かいの椅子に腰を下ろした。それと入れ替わるように、私はすっと立ち上がった。
「どうか私に最後までやらせてもらえませんでしょうか?」
「やらせてくれって言ってもねえ……このままじゃ、いつまで……」
 失礼とは知りながらも私は院長の言葉を遮った。
「至らないことが多いのがわかっています。でも、今ここで逃げたら、私はこれからもずっと逃げなくちゃいけない気がするんです」
 院長は口を噤み、真剣な目で私を見返してきた。
「今回の仕事は、西原先生が初めて僕に任せてくれたものなんです。だから先生のためにも、僕自身のためにもやり遂げないといけないんです」
 院長から決して目を逸らすまいと思った。
「必ず院長が納得できるものを作ります。だからお願いします。最後までやらせて下さい」
 私は深々と頭を下げた。今まで以上にボロクソに言われる覚悟だってできていた。
 長い沈黙の後、院長が「ふうっ」と大きく息を吐き出した。
「江崎さん……」
「はい」
「あんたにとって初めての仕事だとか、そんなことは私には関係ない」
 院長の表情は硬かった。
 やはり無理か……しかし、まだ諦めるつもりはない。
 私がそう思った途端、先生が目を細くした。
「そう。私には関係ないんだからさ。あんたは西原建築事務所として恥ずかしくない仕事をやらないとダメだぞ」
 院長の言葉で、曇っていた心が一気に晴れ渡った。
「はい。ありがとうございます! 頑張ります!」

小

 それ以降は今までのことが嘘だったかのように、話が前に進んだ。
 ひょっとすると、「俺はいいものを作れる」という自信ゆえに、うまくいかないことに焦りを感じ、自分自身にプレッシャーを掛けていたのかもしれない。
 己の未熟さを知り、それを認めたことで、何もかもが吹っ切れたような気がする。プランを練るのが苦痛ではなくなり、「どうすれば、院長を納得させられるか」を考えることに、むしろ楽しささえ覚えるようになった。
 
 それからしばらくして、契約が成立した。
 着工すると案外早いもので、私の処女作である『米沢内科』はあっという間に完成した。引き渡しが終わった日は死んだように眠った。
 
 院長との間には信頼が生まれ、何かあれば、必ず声を掛けてもらえるようになった。相変わらず、拘りは強い人で、すぐには納得しなかった。
 しかし、それももう慣れてしまったことで、「さすが院長ですね」と笑って済ませるまでになった。
 私と院長の間には、昔のような余所余所しさはもうなかった。
 二人が歳を取っていくのと同じくして、米沢内科のビルも少しずつ老朽化していった。
一か所を補修すると、また新たな補修を必要をする場所が出てくるといった具合だ。
 何度かリフォーム案をぶつけてはみたが、院長は首を縦には振らなかった。
 
 米沢内科ビルが築三十年を迎えた頃、院長の口から廃業のことを聞いた。跡を継ぐ者がいないからだった。
 院長がリフォームをしなかった理由がようやくわかった

小

 ショベルカーがアームをゆっくりと振り上げ、轟音と共にビルの表面を削る。その瞬間、ぐっと胸に込み上げてくるものがあった。
 いよいよ、お別れだ。
 二階建てのビルの解体なんてあっという間に終わってしまう。
「やっぱり来てくれたのか」
 声のする方へと振り向くと、そこには白髪に銀縁眼鏡を掛けた男性が立っていた。
 米沢院長だ。
「はい。居ても立ってもいられなくて……」
「私もだ」と、院長は優しく笑った。
「あれから三十年……早いものだな。あんたが『最後までやらせて下さい』と頭を下げに来たのが昨日のことみたいだよ」
「全くです。あの時、もし西原先生にお任せしていたら、今の私はなかったでしょうね」
 厳しくも、人一倍情に厚かった西原先生。
 私にとっては決して忘れることのできない恩人だ。そんな先生も、昨年末にお亡くなりになった。
「もちろん、それを快く受け入れて下さった米沢院長も、私にとっては恩人です。あれからいくつもの物件を担当しました。院長には申し訳ないのですが、ここよりもずっと出来がいいものばかりです」
 私たちが話している間にも、ビルはどんどん解体されていく。
「知識も、経験も、技術も豊かになりました。その礎となったのが、この米原内科です。それが壊されてしまうのは寂しいものですね」
 あの日のことが脳裏を過り、目頭が熱くなる。
「寂しいか……なあ、江崎さん。こう考えたらどうだろう? これがこのビルの終わりではなく、生まれ変わりだと」
「生まれ変わり……ですか?」
「そう。解体の後は再び企画と設計……新たなビルの人生が始まる。あんたにはそれができるじゃないか」
 院長の言葉が胸の中に響き渡る。
そうか。私にはその力があるのだ。
「実は、今度、ここに老人介護施設を立てようと考えていてな」
 初耳だった。
「あんたに設計してもらいたいんだが、引き受けてくれるかね?」
 思わず笑みが零れる。
「どうやら、院長とはまだまだ長い付き合いになりそうですね」 
 私がそう言うと、院長も笑った。
 そこへ私のケータイが鳴った。「失礼します」と院長に断って、私は現場から少し離れたところへ移動した。
「もしもし。江崎です」
『あっ、先生。お疲れ様です』
 相手の声はずっしりと重く、暗い。
「ごくろうさん。どうだった?」
『すみません……ボロクソでした』
 今にも泣き出しそうな相手の顔を想像して、私はふっと笑みを漏らす。
「だろうな」

<了>

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