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「忙しい人たちへ(掌編集)」
忙しい人たちへ①

『メッセージ』

 ←『名探偵と呼ばないで』 -終- →『水際に立ち』
 夕食を終えてすぐに始めた荷物整理に、ようやく目処が付きそうになっていた。
 カーペットの上からソファに移動して、壁掛け時計に目をやる。
 時刻は午後十一時四十分。
 どうせすぐ済むだろうと高を括っていたが、思った以上に時間が掛かった。
 明日の朝、私はこの家を出ていく。家具は持っていかないため、引っ越し業者ではなく、母が車で迎えに来てくれる。できるだけ荷物を少なくしようと、余分な物は捨てるつもりだったのに、いざとなるとなかなか勇気が出ない。服や靴、アクセサリーに鞄……ほとんど使っていないくせに置いておきたい。
 普通車とは言え、決して大きくはない母の車に全部載せられるだろうかと少し不安になったが、ダメならまた取りにくればいい。
 彼がいないときに。
「千恵美」
 不意に名前を呼ばれて、体がビクンと跳ね上がった。いつの間にか後ろに夫の雫が立っていた。「脅かすつもりはなかったんだけど……」と、慌てた様子で謝る。
「ううん。大丈夫。それよりどうかしたの?」
「あのさ」
 どこか遠慮がちだ。
「面倒じゃなかったらでいいんだけど……これも見て欲しいんだ」
 雫が差し出したのはアルバムだった。
「もし千恵美の欲しい写真があったら持って行ってくれていいから」
 そう言われても、気持ちが重たかった。できるなら見たくなかったが、渋々、それを受け取った。
「嫌なら別にいいんだ。全部いらないでも構わないから」
 心の中を読み取られてしまったような気がしてバツが悪かった。
 顔に出てしまったのだろうか。
 慌てて笑顔を作って見せる。
「わかった。一度見てみる」
「じゃあ、俺、先に寝るから」
「うん。おやすみ」
 雫も「おやすみ」と応えて、一度はリビングを出ていったが、またすぐに戻ってきた。
「何か忘れた?」
「いや、その……」
 雫は何か言いたげにしているが、なかなか言い出さない。
 別にイライラもしない。彼はそう言う人だとわかっているから。ただし、理解しているというより、諦めているというほうが正しい。
「何?」
「……今晩から明日の朝にかけて少し冷えるらしいから……温かくしておいたほうがいいよ」
 ぼそぼそと微かに聞き取れる声だが、今日は珍しくよく喋る。
「わざわざそれを言いに戻ってきたの?」
「いや、まあ……うん」
 雫は視線も合わせずに静かに頷いた。私が「ありがとう」と言うと、もう一度頷いてリビングを出ていった。

 雫から預かったアルバムは三冊。付き合うようになった頃から現在に至るまで、二人の思い出の数々がここに詰まっている。
「欲しい写真があったら持っていけ」と言ったが、どうしたものだろうかと悩んでしまう。
 なぜなら私がこの家を出て行くのは、仕事で遠方に行くとか、出産のためとか言うわけではない。
 雫と結婚したことが正しかったのかを疑問に感じたからだ。

 雫が悪い人ではないことはよくわかっている。
 ただ、彼との間にあまりに会話が少ないのだ。結婚する前から、彼が無口なのは知っていたが、それが思った以上だった。
「余計なことを言わないし、いい御主人じゃない」
 両親や友達は皆、口を揃えてそう言うが、私にはどこか物足りなかった。ときには大喧嘩をするくらいの勢いがあって欲しいと思うのだ。
 こんなことを言ったら雫は怒るだろうけど、付き合ってから結婚するまでの時間が短かったし、周りの結婚ラッシュに乗っかって勢いで結婚したところもなかったわけではない。  
 本当に彼が好きなのか。
 もう一度自分の気持ちを見つめ直してみたくなったのだ。
 雫は特に反対することもなく、別居を受け入れてくれた。理由は尋ねない。そう言う人だ。
 期限は決めていない。答えが出るまで離れて暮らすつもりだ。
 私はもう戻って来ないと、雫は思っているのかもしれない。そうでなければアルバムなんて持ってきはしない。
 あるいは写真を見れば私の気持ちが変わると思ったのだろうか。
 それなら一つ、賭けをしてみよう。写真を見て、少しでも気持ちが揺らぐようなら潔く別居はやめよう。
 私は覚悟を決めて、一番古いアルバムを開いた。
 恋人になって最初に遊びに行ったのは、遊園地だった。正面ゲートで映した二人の写真が、一ページめの一番上に張ってある。初めてのツーショット写真で、私も雫もやや緊張した面持ちであることがわかる。数ページに渡り、その時の写真が続く。ジェットコースターに乗る前に映したものは、雫の顔が引き吊っている。彼が、絶叫マシーンが苦手だと知ったのは、二度目に誘った時だった。
 随分と前のことなのに、つい昨日のことのように思い出されて自然と笑みが零れる。
 次の写真は水族館に行った時のものだ。
 イルカの形をした立体看板の前で手を繋いで映っている。初めて手を繋いだせいか、雫は何だか照れ臭そうだ。
 雫にとってジンベイザメの巨大さがツボだったらしく、なかなか帰ろうとしなかった。子供のような彼をカワイイと思ったっけ。

 一枚一枚、写真を眺める度に、その時の記憶が鮮明に蘇ってくる。
 私はいつも笑っている。
 雫といることがあんなに楽しかったのに。
 いつからだろう。それがつまらないと感じるようになったのは……。
 初詣の写真が張ってあった。
「今年中に結婚できますように」
 そんな願いを込めてお賽銭を投げ入れた。雫に何をお願いしたのかを尋ねたけど、彼は適当にごまかして答えてくれなかった。
 その年の六月六日、私たちは結婚した。覚え易い日を選んだ。
 もちろん、その日の写真もここに張ってある。自分たちが主役だったから、誰かが取ってくれたものばかりだが、笑顔じゃない写真なんて一枚もない。
 あの時、私は確かな幸せを感じていた。
 結婚式場を決めるのにはとても時間が掛かった。いくつもの式場からパンフレットを取り寄せて、建物の雰囲気や披露宴の内容、料理、衣装などを吟味して絞り込んだ後、実際にそこへ足も運んだ。そのおかげで私にはとても満足のいく結婚式だった。
 新婚旅行は七泊八日、オーストラリアへの旅。風景も含めると、写真は百枚以上になる。雫も私も初めての海外。不安も多かったけど、言葉では言い表せぬほどの感動と楽しい思い出をたくさん作ることができた。
 次はいつ行けるだろうか。

 結婚式も新婚旅行も、ほとんどのことは私が主導権を握って決めた。
 雫は自分の意見や気持ちを口にせず、ただ「それでいいよ」と言っただけだった。
 彼はいつもそうだ。
 車を買う時は、私の好みで赤い軽自動車に決まったし、家を買う時も間取りや家具、色合いなど、大抵のことは私の意見が取り入れられた。
 私は自分の要望や好みが通るのならと、あまり深くは考えなかったが、雫は本当にそれで良かったんだろうか。
 人前で話したり、目立ったりするのが苦手な雫は、披露宴なんてしたくなかったんじゃないだろうか。新婚旅行だって、他に行きたいところがあったんじゃないのか。

 雫はどうして自分の気持ちや考えていることを話してくれないのだろう。
 私に気を使っているのか。
 それとも本当に興味がなくて、どうでもいいのか。
 あるいは考えることが面倒なのか。
 ひょっとしたら、結婚でさえ、私が言ったから仕方なしにということはないだろうか。
 胸が高鳴り始めた。
 雫は私をどう思っているんだろう。一緒にいることに息苦しさを感じているのは、雫のほうだったのかもしれない。
 彼が自分の意見を言えない空気を、いつの間にか私が作っていたのだろうか。
 答えの出ない疑問に頭を抱える。写真を見ていると、雫の笑顔さえ作り笑いに見えてきた。
 怖くなった私は、震える手でアルバムを閉じた。
 
 雫に尋ねてみようか。
 私のことをどう思っているかって。
「自分の気持ちを確かめたい」と、別居を言いだしておいて、今更そんなこと聞けるわけがない。私が確かめたかったのは、雫の気持ちだったに違いない。
 アルバムをテーブルの上に置いて、二階の寝室へ行った。
 雫はすでに寝息を立てていたため、起こしてしまわぬよう、そっとベッドに入った。彼の体温で、布団が少し温まっている。
 今晩から明日の朝にかけて冷えるって、雫は言っていたっけ。
 好きでもない相手にそんなこと言わないよね。
 まるで片思いの中学生みたいだ。自分の気持ちを告げることもせず、好きな人の言葉や態度から勝手に胸の内を想像して……本当のことはその人にしかわからないのに。
 無口でも構わない。くだらない世間話なんていらない。
 私が話して欲しいのは、雫の気持ち。
 何がしたくて、何が欲しいのか。
 どうすれば楽しくて、どうすれば嬉しいのか。
 私がちゃんと尋ねるべきだったんだろうか。
 とにかく今は眠ろうと、ギュッと目を閉じた。目尻が少し濡れていた。

 小


 目を覚ますと、隣に雫の姿はもうなかった。ケータイで時刻を確認すると、午後九時過ぎだった。いつもならとっくに起きている時間だが、眠るのが遅すぎて寝過ごしてしまったようだ。
 ベッドから出て、その寒さに思わず身を縮める。
 雫はもう会社に行ってしまっただろう。結局、彼の気持ちを確かめることはできなかった。いや、そう思いながらも、実際に顔を合わせたときに、本当に確かめる勇気があったかどうか……。
 着替えを済ませて一階へ降りた。
 リビングの隅にはダンボールの山。この家を出て行くことを改めて実感して、少し寂しい気持ちになる。
 そんなふうに思うのならやめればいいのに。
 どっちつかずの自分に呆れてしまう。
 テーブルの上に、雫からの書き置きがあった。
『今から会社へ行きます。
 千恵美自身が納得のいく答えが出るまでじっくり考えて下さい。 雫』
 最後の最後まで雫は自分の気持ちを教えてはくれなかった。
「いつまでも待っています」と一言、書いてあったら良かったのに。
 私はいったいどこまで雫に期待する気なんだ。
「はあっ」と落胆のため息をつきながら、日課である朝の空気の入れ替えに取り掛かった。ガレージ側の、一番大きな掃き出し窓のカーテンを開いた瞬間、私は目を丸くした。
 車のリアガラスに霜が張っていて、その一部が削られて文字が書いてあったのだ。
 質の悪いイタズラだ。
 犯人はきっと不器用で、自分の気持ちをうまく口にできない人に違いない。面と向かって言えばいいことを、わざわざこんなところに大きな字で書くなんて……私の身にもなって欲しい。
 腹が立って仕方がないのに、自然と口元が緩んでしまう。
 ああ、今日はやっぱり冷える。
 鼻を啜りながらケータイを取り出して、電話を掛けた。
「もしもし、お母さん? おはよう。あのね、本当に急なんだけどさ……」
 娘の気まぐれを、母は許してくれるだろうか。

<了>

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