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もくじ
作品紹介

もくじ
かつての我が家で少年と

もくじ
かつての我が家で少女と

もくじ
上手な別れ方

もくじ
返しそびれた青い傘

もくじ
再会箱(シリーズ)

もくじ
サンタクロースの悩みごと

もくじ
空と海

もくじ
じいちゃんと皇帝鯉

もくじ
地球の軌跡

もくじ
貴方に寄り添えば

もくじ
夏に恋して

もくじ
大切な預かりもの

もくじ
お礼参り

もくじ
だから僕は教師になった

もくじ
遠くの隣人

もくじ
あの日の恋は永遠に

もくじ
道連れ

もくじ
秘密基地からの眺め

もくじ
美しき幕引き

もくじ
別れたら

もくじ
名探偵と呼ばないで

もくじ
願い集うとき

もくじ
相方よ

もくじ
公衆電話の向こう側

もくじ
息子たちへ(シリーズ)

もくじ
子供たちへ(童話集)

総もくじ
ターゲット

- ┣ ターゲット あらすじ
- ┣ 第一話 脱サラの落とし穴
- ┣ 第二話 屑どもの宴
- ┣ 第三話 地獄への教習
- ┣ 第四話 真実の弱者
- ┣ 第五話 毒牙を砕く音
- ┣ 第六話 乙女心の傷
- ┣ 第七話 頂きを夢見る男
- ┣ 第八話 オンリーユー
- ┗ 最終話 輝く未来
総もくじ
未来(あした)が見たら

- ┣ 未来が見えたら あらすじ
- ┣ 第一章 今の生活
- ┣ 第二章 覚醒
- ┣ 第三章 未来が見えたら
- ┣ 第四章 チカラのワケ
- ┣ 第五章 全ての犯罪がなくなる日
- ┗ 最終章 未来が見えても
総もくじ
満月の夜でサヨナラ

- ┣ 満月の夜でサヨナラ あらすじ
- ┣ 第一章 誰かの部屋
- ┣ 第二章 空白の時間
- ┣ 第三章 満月
- ┣ 第四章 絆
- ┣ 第五章 充実した日々
- ┣ 第六章 苛立ち
- ┣ 第七章 二月と三月
- ┣ 第八章 望み
- ┣ 第九章 あなたと二人で
- ┣ 第十章 約束
- ┗ 最終章 満月の夜でサヨナラ
総もくじ
それでも私を愛してくれますか

- ┣ それでも私を愛してくれますか あらすじ
- ┣ 第一章 別れ
- ┣ 第二章 ヘヴンズガール
- ┣ 第三章 新しい恋人
- ┣ 第四章 タブー
- ┣ 第五章 神の悪戯
- ┗ 最終章 それでも私を愛してくれますか
もくじ
未分類

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名探偵と呼ばないで
『名探偵と呼ばないで』 -1-
「殺人予告だって!」
ロビーに集まった、ほぼ全員が声を揃えた。
「どうしてそういうことを早く言わないんだ」
眼鏡を掛けた小太りの中年男に責められ、初老の男性が「申し訳ありません」と深く頭を下げる。このペンションのオーナーだ。
「ただのイタズラだと思っておりましたし、皆様に余計な心配をお掛けすまいという配慮のつもりでした」
オーナーがもう一度頭を下げると、隣にいる夫人も黙ってそれに倣った。
「それがわかっていれば、こんなところに泊まりはしなかった。なあ、絹代?」
小太りの男が再びオーナーを責める。彼はどこかの中小企業の社長で、遠山という名だ。最初に顔を合わせたときに名刺を渡された。絹代というのは彼の妻だそうで、夫婦揃って体型が同じだ。指輪やネックレスなど、体中に着けた装飾品の数々が、「夫の会社は儲かっていますのよ」と言いたげだ。
「本当に勘弁して欲しいわよ」
絹代が顔をしかめる。
「私たちだってそうよねえ?」
「うん。最悪」
「やめておけば良かった」
口々に騒ぐのは女子高生三人組だ。先程まで食器がカワイイだの、木の香りがいいだの、このペンションのことを褒めっ放しだったくせに。
「肇ちゃん、私、怖い……」
隣に座る恋人の美咲が、俺の腕にギュッとしがみついてくる。胸の膨らみを感じて、思わず鼻の下を伸ばす。
いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。
このペンション『スノーラウンジ』は、オーナー夫婦の優しい人柄、きめ細やかなサービス、自然素材を使った料理、そしてゲレンデまでの距離の短さなどが評判で、スキーヤーたちにとても人気がある。シーズンになると予約が殺到するが、如何せん部屋数が少ないため、実際に泊まれるかどうかは抽選の結果に依る。
俺はそんなことに拘るつもりはなかったのだが、「どうせなら」と美咲が勝手に予約をしていたのだ。そして運良く……というより、運悪く「殺人予告」の届いた日に泊まるというハズレを引いてしまった。
しかし本当の意味での不運は、そこじゃない。
「最悪なのは明だろ。ちゃんと教えてくれていたら、アイツは死なずに済んだかもしれないのによ」
眉間に皺を寄せ、突き刺すように鋭い目つきでオーナーを睨むのは、本郷という男だ。年齢は俺や美咲と同じで二十代だろう。
そう、もうすでに殺人予告の被害者は出ていた。

本郷と明は友人同士だが、スケジュールが合わないため、このペンションには別々でやってきたらしい。
オーナーの話によると、先にチェックインしたのは明で、時刻は午後五時頃。一階の一番奥の部屋へと案内した。
本郷が到着したのは、それからおよそ二時間後。
俺も含めて、今日の宿泊者たち全員がロビーに集まり、夕食後のコーヒーと会話を楽しんでいた頃だ。ただし、その中に明の姿はなかった。オーナー夫人が、夕食ができたことを知らせにいったのだが、「起こさないでください」の札がドアにぶら下がっていたため、声は掛けずにおいたらしい。
俺たちに軽く会釈をして部屋へと向かった本郷が、青い顔をしてすぐに戻ってきた。
「明が殺されている……」
和やかだったロビーの空気が一瞬にして凍りついた。
「冗談だろ?」や「悪ふざけはやめてよ」と、皆口々に本郷の言葉を否定した。それに対して本郷は、「俺だって何度も確認したんだ。でもマジで死んでいるんだよ」と半狂乱になって叫んだ。本郷の話によると、明はベッドの上にうつ伏せで倒れており、首にはロープのようなもので締められた痕が残っているらしい。
「警察を呼ぼう」と言ったのは、美咲だった。彼女の勝気な性格は知っているが、これほどまで度胸が座っているとは思わなかった。その一方で時折、俺の腕にしがみついたり、怖いと漏らしたりもする。いったいどちらが本当の美咲なんだろう。
しかし、そこでまた一つ問題が起きた。
電話が繋がらないのだ。オーナーから子機を受け取り、念のために俺も確認してみたが、通常聞こえるはずの「プーッ」という音が聞こえなかった。どこかで断線しているのは間違いない。
嫌な予感がした。
俺の心情を代弁したのは、遠山夫人だった。体の震えで、ネックレスやブレスレッドがしゃらしゃらと音を立てた。
「もしかして犯人が電話線を……」
再び空気が凍りつくのを感じた。
オーナーが申し訳なさそうな顔をして、「実は今朝、ポストにこんなものが……」と、エプロンのポケットから白い封筒を取り出した。一番近くにいた俺がそれを受け取った。宛名も送り主も書いておらず、当然切手も貼っていなかった。直接投函されたと考えるのが自然だ。中には便箋が一枚。
俺は恐る恐るそれを開いて、ワープロで打たれた文字を皆の前で読み上げた。
『今夜、このペンションに泊まる者を皆殺しにする』
「殺人予告のようです」
「殺人予告だって!」
ロビーに集まった、ほぼ全員が声を揃えた。

そして今に至る……。
「オーナーばかり責めないでください。ただのイタズラだろうって言ったのは俺なんです」
「私だって内緒にしておくことに賛成しました」
大学生のアルバイト、圭太と結衣がオーナーを庇う。
「殺人予告が知れ渡って、売上が減ると困るもんなあ」
「何だと!」
嫌味を言う本郷に噛みつく圭太を、オーナーが嗜める。
「圭太君、お客様に失礼だよ」
渋々といった感じで引き下がった圭太の肩を、オーナーは軽く叩き、「ありがとう」と小さな声で礼を言った。
「そんなことより今は警察への連絡が先じゃないのか? 電話線が切られているのならケータイを使えばいいだろ」
少々苛立った様子の遠山社長が、上着の胸ポケットからケータイを取り出した。
「ちっ、圏外か」
「ここは結構な山奥ですからね。ケータイはどこのものでも使えないと思いますよ」
圭太がそう言うと、宿泊客全員が自分のケータイを確認する。それぞれの反応から、彼の言葉が嘘ではないことがわかる。もちろん、俺のも例外なく圏外だった。
「最悪じゃん。地元の友達に写メしようと思っていたのに」
女子高生の一人が口を尖らせた。今はそんな場合ではないというのに、能天気なものだ。
「それなら直接警察へ行くか、近所のホテルか旅館で電話を借りるかだな」
遠山社長が貧乏ゆすりを始めた。
「申し訳ありませんが、それも難しいと思います。この辺りは夜が更けるに連れて荒れ易く、大雪になることが多いのです」
「ご覧ください」と、オーナーがカーテンを開いた。確かに昼間の天気の良さが嘘のように、ビュービューという風の鳴る音と共に激しく雪が降り注いでいる。人が殺されるという異常な事態に動揺して、天候のことにまでは気が回らなかった。恐らく他の者も同じだろう。
「こんな状態ですので、車での外出でも控えたほうがいいでしょう」
「それじゃ、何か? 私たちはここに閉じ込められたも同然というわけか」
オーナーがバツの悪そうな顔をして頷く。
「冗談じゃないわよ! 殺人犯が外をうろついているかもしれないっていうのに」
遠山夫人が金切り声を上げると、「私たち、まだ若いのに!」と、女子高生三人も同じように悲鳴を上げる。
とにかくみんなを落ち着かせなくては……それが俺の役目だ。
「いや、犯人はこの中にいるのかもしれません」
「何だって!」
全員の視線が一斉に俺のほうを向く。
「じゃあ、俺たちのうち誰かが明って奴を殺したって言うんですか?」
圭太が掴みかからんばかりの勢いで、俺のほうへと身を乗り出す。
「ふざけんじゃないわよ!」と遠山夫人。腕組みをして眉間に皺を寄せる本郷。オロオロといっそう落ち着きをなくすオーナー。美咲はまた俺の腕をギュッと握ってくる。
胸の感触が……じゃない。混乱させてどうする。
「あっ、いや、この中というのは、『この建物の中に』という意味も含めてです」
「どっちにしろ、危ないですよね」という冷静な結衣の言葉に、オーナー夫人も頷く。
全くもってその通りだ。もう少し気の利いたことを言わなければ。
「先程オーナーが仰ったように、この寒さと悪天候の中、外で犯行の機会を窺っていると考えるのは難しいです。建物の中の状況もわかりにくいですしね」
今の台詞はなかなか説得力があっただろう。
「犯人がどこかに潜んでいるか、あるいは今、ここにいる人たちの中に犯人がいるか、いずれの場合にしても、全員が集まっていれば、犯人は手出しができないんじゃないでしょうか」
決まったな。誰も文句はあるまい。このまま朝を迎えて、めでたし、めでたしだ。
「どうでもいいけどよ。自分は犯人じゃないみたいな言い方だな。お前、一体何者なんだよ?」
ソファに腰掛け、腕を組んだ姿勢の本郷が、あからさまに敵意を含んだ目で俺を見た。
残念ながら俺は犯人じゃない。なぜなら……。
「肇ちゃんが犯人のわけないじゃない」
美咲だ。
「だって肇ちゃんは、あの銀田一勘介の孫なんだから」
「銀田一……」
「勘介だって!」
「あの名探偵の?」
余計なことを言うんじゃない!
すぐそこまで出た言葉を飲み込み、「ええ、まあ、そんなところです」と答えた。
「それなら安心だ」とオーナーが心底、安心したような表情を見せる。女子高生三人は「誰、それ?」とお互いの顔を見合わせている。
素性がバレてしまったことは、俺にとって何の得にもならなかった。犯人からしてみれば、探偵など厄介な存在以外の何物でもないはずだ。つまり、次に狙われる可能性が高いのは俺なのだ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
何とかしてこの物語を完結させなければ、俺は現実世界に帰ることができないのだ。


ロビーに集まった、ほぼ全員が声を揃えた。
「どうしてそういうことを早く言わないんだ」
眼鏡を掛けた小太りの中年男に責められ、初老の男性が「申し訳ありません」と深く頭を下げる。このペンションのオーナーだ。
「ただのイタズラだと思っておりましたし、皆様に余計な心配をお掛けすまいという配慮のつもりでした」
オーナーがもう一度頭を下げると、隣にいる夫人も黙ってそれに倣った。
「それがわかっていれば、こんなところに泊まりはしなかった。なあ、絹代?」
小太りの男が再びオーナーを責める。彼はどこかの中小企業の社長で、遠山という名だ。最初に顔を合わせたときに名刺を渡された。絹代というのは彼の妻だそうで、夫婦揃って体型が同じだ。指輪やネックレスなど、体中に着けた装飾品の数々が、「夫の会社は儲かっていますのよ」と言いたげだ。
「本当に勘弁して欲しいわよ」
絹代が顔をしかめる。
「私たちだってそうよねえ?」
「うん。最悪」
「やめておけば良かった」
口々に騒ぐのは女子高生三人組だ。先程まで食器がカワイイだの、木の香りがいいだの、このペンションのことを褒めっ放しだったくせに。
「肇ちゃん、私、怖い……」
隣に座る恋人の美咲が、俺の腕にギュッとしがみついてくる。胸の膨らみを感じて、思わず鼻の下を伸ばす。
いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。
このペンション『スノーラウンジ』は、オーナー夫婦の優しい人柄、きめ細やかなサービス、自然素材を使った料理、そしてゲレンデまでの距離の短さなどが評判で、スキーヤーたちにとても人気がある。シーズンになると予約が殺到するが、如何せん部屋数が少ないため、実際に泊まれるかどうかは抽選の結果に依る。
俺はそんなことに拘るつもりはなかったのだが、「どうせなら」と美咲が勝手に予約をしていたのだ。そして運良く……というより、運悪く「殺人予告」の届いた日に泊まるというハズレを引いてしまった。
しかし本当の意味での不運は、そこじゃない。
「最悪なのは明だろ。ちゃんと教えてくれていたら、アイツは死なずに済んだかもしれないのによ」
眉間に皺を寄せ、突き刺すように鋭い目つきでオーナーを睨むのは、本郷という男だ。年齢は俺や美咲と同じで二十代だろう。
そう、もうすでに殺人予告の被害者は出ていた。

本郷と明は友人同士だが、スケジュールが合わないため、このペンションには別々でやってきたらしい。
オーナーの話によると、先にチェックインしたのは明で、時刻は午後五時頃。一階の一番奥の部屋へと案内した。
本郷が到着したのは、それからおよそ二時間後。
俺も含めて、今日の宿泊者たち全員がロビーに集まり、夕食後のコーヒーと会話を楽しんでいた頃だ。ただし、その中に明の姿はなかった。オーナー夫人が、夕食ができたことを知らせにいったのだが、「起こさないでください」の札がドアにぶら下がっていたため、声は掛けずにおいたらしい。
俺たちに軽く会釈をして部屋へと向かった本郷が、青い顔をしてすぐに戻ってきた。
「明が殺されている……」
和やかだったロビーの空気が一瞬にして凍りついた。
「冗談だろ?」や「悪ふざけはやめてよ」と、皆口々に本郷の言葉を否定した。それに対して本郷は、「俺だって何度も確認したんだ。でもマジで死んでいるんだよ」と半狂乱になって叫んだ。本郷の話によると、明はベッドの上にうつ伏せで倒れており、首にはロープのようなもので締められた痕が残っているらしい。
「警察を呼ぼう」と言ったのは、美咲だった。彼女の勝気な性格は知っているが、これほどまで度胸が座っているとは思わなかった。その一方で時折、俺の腕にしがみついたり、怖いと漏らしたりもする。いったいどちらが本当の美咲なんだろう。
しかし、そこでまた一つ問題が起きた。
電話が繋がらないのだ。オーナーから子機を受け取り、念のために俺も確認してみたが、通常聞こえるはずの「プーッ」という音が聞こえなかった。どこかで断線しているのは間違いない。
嫌な予感がした。
俺の心情を代弁したのは、遠山夫人だった。体の震えで、ネックレスやブレスレッドがしゃらしゃらと音を立てた。
「もしかして犯人が電話線を……」
再び空気が凍りつくのを感じた。
オーナーが申し訳なさそうな顔をして、「実は今朝、ポストにこんなものが……」と、エプロンのポケットから白い封筒を取り出した。一番近くにいた俺がそれを受け取った。宛名も送り主も書いておらず、当然切手も貼っていなかった。直接投函されたと考えるのが自然だ。中には便箋が一枚。
俺は恐る恐るそれを開いて、ワープロで打たれた文字を皆の前で読み上げた。
『今夜、このペンションに泊まる者を皆殺しにする』
「殺人予告のようです」
「殺人予告だって!」
ロビーに集まった、ほぼ全員が声を揃えた。

そして今に至る……。
「オーナーばかり責めないでください。ただのイタズラだろうって言ったのは俺なんです」
「私だって内緒にしておくことに賛成しました」
大学生のアルバイト、圭太と結衣がオーナーを庇う。
「殺人予告が知れ渡って、売上が減ると困るもんなあ」
「何だと!」
嫌味を言う本郷に噛みつく圭太を、オーナーが嗜める。
「圭太君、お客様に失礼だよ」
渋々といった感じで引き下がった圭太の肩を、オーナーは軽く叩き、「ありがとう」と小さな声で礼を言った。
「そんなことより今は警察への連絡が先じゃないのか? 電話線が切られているのならケータイを使えばいいだろ」
少々苛立った様子の遠山社長が、上着の胸ポケットからケータイを取り出した。
「ちっ、圏外か」
「ここは結構な山奥ですからね。ケータイはどこのものでも使えないと思いますよ」
圭太がそう言うと、宿泊客全員が自分のケータイを確認する。それぞれの反応から、彼の言葉が嘘ではないことがわかる。もちろん、俺のも例外なく圏外だった。
「最悪じゃん。地元の友達に写メしようと思っていたのに」
女子高生の一人が口を尖らせた。今はそんな場合ではないというのに、能天気なものだ。
「それなら直接警察へ行くか、近所のホテルか旅館で電話を借りるかだな」
遠山社長が貧乏ゆすりを始めた。
「申し訳ありませんが、それも難しいと思います。この辺りは夜が更けるに連れて荒れ易く、大雪になることが多いのです」
「ご覧ください」と、オーナーがカーテンを開いた。確かに昼間の天気の良さが嘘のように、ビュービューという風の鳴る音と共に激しく雪が降り注いでいる。人が殺されるという異常な事態に動揺して、天候のことにまでは気が回らなかった。恐らく他の者も同じだろう。
「こんな状態ですので、車での外出でも控えたほうがいいでしょう」
「それじゃ、何か? 私たちはここに閉じ込められたも同然というわけか」
オーナーがバツの悪そうな顔をして頷く。
「冗談じゃないわよ! 殺人犯が外をうろついているかもしれないっていうのに」
遠山夫人が金切り声を上げると、「私たち、まだ若いのに!」と、女子高生三人も同じように悲鳴を上げる。
とにかくみんなを落ち着かせなくては……それが俺の役目だ。
「いや、犯人はこの中にいるのかもしれません」
「何だって!」
全員の視線が一斉に俺のほうを向く。
「じゃあ、俺たちのうち誰かが明って奴を殺したって言うんですか?」
圭太が掴みかからんばかりの勢いで、俺のほうへと身を乗り出す。
「ふざけんじゃないわよ!」と遠山夫人。腕組みをして眉間に皺を寄せる本郷。オロオロといっそう落ち着きをなくすオーナー。美咲はまた俺の腕をギュッと握ってくる。
胸の感触が……じゃない。混乱させてどうする。
「あっ、いや、この中というのは、『この建物の中に』という意味も含めてです」
「どっちにしろ、危ないですよね」という冷静な結衣の言葉に、オーナー夫人も頷く。
全くもってその通りだ。もう少し気の利いたことを言わなければ。
「先程オーナーが仰ったように、この寒さと悪天候の中、外で犯行の機会を窺っていると考えるのは難しいです。建物の中の状況もわかりにくいですしね」
今の台詞はなかなか説得力があっただろう。
「犯人がどこかに潜んでいるか、あるいは今、ここにいる人たちの中に犯人がいるか、いずれの場合にしても、全員が集まっていれば、犯人は手出しができないんじゃないでしょうか」
決まったな。誰も文句はあるまい。このまま朝を迎えて、めでたし、めでたしだ。
「どうでもいいけどよ。自分は犯人じゃないみたいな言い方だな。お前、一体何者なんだよ?」
ソファに腰掛け、腕を組んだ姿勢の本郷が、あからさまに敵意を含んだ目で俺を見た。
残念ながら俺は犯人じゃない。なぜなら……。
「肇ちゃんが犯人のわけないじゃない」
美咲だ。
「だって肇ちゃんは、あの銀田一勘介の孫なんだから」
「銀田一……」
「勘介だって!」
「あの名探偵の?」
余計なことを言うんじゃない!
すぐそこまで出た言葉を飲み込み、「ええ、まあ、そんなところです」と答えた。
「それなら安心だ」とオーナーが心底、安心したような表情を見せる。女子高生三人は「誰、それ?」とお互いの顔を見合わせている。
素性がバレてしまったことは、俺にとって何の得にもならなかった。犯人からしてみれば、探偵など厄介な存在以外の何物でもないはずだ。つまり、次に狙われる可能性が高いのは俺なのだ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
何とかしてこの物語を完結させなければ、俺は現実世界に帰ることができないのだ。


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空と海

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じいちゃんと皇帝鯉

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地球の軌跡

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貴方に寄り添えば

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夏に恋して

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大切な預かりもの

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お礼参り

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だから僕は教師になった

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遠くの隣人

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あの日の恋は永遠に

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ターゲット

- ┣ ターゲット あらすじ
- ┣ 第一話 脱サラの落とし穴
- ┣ 第二話 屑どもの宴
- ┣ 第三話 地獄への教習
- ┣ 第四話 真実の弱者
- ┣ 第五話 毒牙を砕く音
- ┣ 第六話 乙女心の傷
- ┣ 第七話 頂きを夢見る男
- ┣ 第八話 オンリーユー
- ┗ 最終話 輝く未来
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未来(あした)が見たら

- ┣ 未来が見えたら あらすじ
- ┣ 第一章 今の生活
- ┣ 第二章 覚醒
- ┣ 第三章 未来が見えたら
- ┣ 第四章 チカラのワケ
- ┣ 第五章 全ての犯罪がなくなる日
- ┗ 最終章 未来が見えても
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- ┣ 第一章 誰かの部屋
- ┣ 第二章 空白の時間
- ┣ 第三章 満月
- ┣ 第四章 絆
- ┣ 第五章 充実した日々
- ┣ 第六章 苛立ち
- ┣ 第七章 二月と三月
- ┣ 第八章 望み
- ┣ 第九章 あなたと二人で
- ┣ 第十章 約束
- ┗ 最終章 満月の夜でサヨナラ
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それでも私を愛してくれますか

- ┣ それでも私を愛してくれますか あらすじ
- ┣ 第一章 別れ
- ┣ 第二章 ヘヴンズガール
- ┣ 第三章 新しい恋人
- ┣ 第四章 タブー
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- ┗ 最終章 それでも私を愛してくれますか
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