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夏に恋して

『夏に恋して、その結果』

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※『夏に恋して』の十年後を描いたものです。本編をお読みいただかなくても楽しめますが、読んでいただけるとより楽しめます。

小

「夏、これから毎日、俺のために味噌汁を作って欲しい」
 今時、こんなこと言わないよな。
 やっぱりここはストレートにいくほうがいいか。
「夏、俺と結婚して下さい」
 うーん。在り来たりかな。
 明日、僕は恋人の夏にプロポーズをする。婚約指輪は随分前に買ってある。
 今、部屋でその予行演習をしている。
 
 僕と夏が出会ったのは、高校一年生の時。
 水泳部期待の星だった彼女のカッコいい泳ぎに、僕が一目ぼれをした。もちろん、すんなり恋人同士になれたわけではない。そこへ至るには、短編小説が一つできあがるくらいのゴタゴタがあった。
 活発な性格の夏と内気な僕。長続きはしないと、周りの皆は思っていたらしい。実を言うと僕自身も……。
 ところが大きく期待を裏切って、僕と夏の仲はうまくいった。
 気が付けば十年が過ぎていた。
 そして今は遠距離恋愛中だ。
 大学を卒業して夏が就職したのは、全国に営業所を構える大企業で、入社するとすぐに遠方への勤務を命じられた。彼女が遠くへ行ってしまうのが寂しくなかったわけではないが、「私、行ってくる!」と意気込む夏を止めることはできなかった。
 始めのうちは、「その気になればいつでも会えるんだし」と思っていた。しかし実際に会えない時間が増えると、寂しさも募った。夏が自分にとってどれほど大きな存在であるかを改めて知った。
 懸命に仕事に打ち込む夏の姿を見ていると、簡単に「帰ってこい」とは言えなかったし、男勝りの夏に「女々しい奴だ」と思われるのも嫌だった。
 遠距離恋愛を始めておよそ五年。夏を応援する気持ちより、少しでも長く夏と一緒にいたいという気持ちのほうが大きくなっていた。
 だから僕は決意した。
 夏にプロポーズすることを。

小

「お盆休みにそっちへ帰るから」と夏に聞いたのは、先週のことだ。
 本当は空港から直接タクシーで実家へ向かうつもりだったところを、僕が車で迎えに行くことにした。僕の中でプロポーズまでをどういう順序で進めるかはちゃんと決まっていた。
 夏の乗った飛行機は午後三時に空港に到着することになっていた。
 三時過ぎにロビーへ行くと、ちょうど夏が出てきたところだった。
 かつては日に焼けて真っ黒だった夏の肌も、水泳を辞めてしまった今では、嘘のように真っ白になっていた。
 僕がいることに、夏はまだ気が付いていない様子だった。こちらから手を振って合図をすると、夏の表情がぱっと明るくなった。僕のそばまでやってきた夏は「出迎え、御苦労」とまるで男のように軽く右手を挙げた。
 そういうところは昔から少しも変わらない。思わず笑みが零れた。
 
 車が走り出すと、夏が「この前は……」と切り出した。
「ごめんね。祭りの日に帰って来れなくてさ。政人君も美咲も怒ってなかった?」
 政人は僕の幼馴染、美咲はその奥さん。僕たちは皆、高校の同級生で、昔は四人一緒によく遊びに行ったものだ。政人たち夫婦も今は地元を離れ、別の街に住んでいる。四人が揃うことは、一年でも数えるほどしかない。
「あの二人は明後日帰って来るって。夏に会えるのを楽しみにしていたよ」
「それを聞いて安心した」と夏は大袈裟にふうっと息を吹き出した。
「仕事、忙しいんだな」
「まあね」
 夏の仕事はイベントの企画営業だ。男でも大変だと思うのに、夏は持ち前の明るい性格と我慢強さでうまくやっているようだ。時折、愚痴を零すこともあるが、それも大抵一時のことだ。
 そう言えば、もし結婚することになったら、夏は仕事を辞めてくれるんだろうか。
 それとなく尋ねてみることにした。プロポーズの計画は悟られないように。
「なあ、夏。例えばの話だけど、結婚することになったら仕事はどうするつもり?」
 夏のほうへちらりと視線を移すと、目を丸くしていた。
「何? 唐突に?」
「いや、夏は今の仕事が好きみたいだし、ちょっと気になってさ」
「うーん。そんなのわからないよ。実際、そのときになってみないと」
 尤もらしい意見だ。夏はまだ結婚なんて考えていないのか。
「第一、まだそういう相手もいないしさ」
 夏のセリフが胸に突き刺さった。予想もしない事態に、息を飲んだ。
 つまり夏は、俺と結婚するつもりはないということなんだろうか。じゃあ、俺は夏にとってどういう存在なんだ。
 車内はエアコンで充分冷えているはずなのに、体中が汗で湿り始めた。
「向こうにそういう男はいないの?」
 俺は何を聞いているんだ。そして夏に何と答えて欲しいんだ。
「いないわね」
 夏の返事にわずかに胸を撫で下ろした。しかし僕が夏にとって、「結婚を考える男」ではないということに変わりはない。一向に汗が引かないため、エアコンの設定温度を少し下げた。
「夏はイケメンが好きだからな」
「そりゃ、どうせならイケメンのほうがいいに決まってるじゃん。敬一だってブスよりかわいい子のほうがいいでしょ?」
「それはまあ……」
 否定できない。
 どことなく嫌な空気が流れ始めている気がした。
 やはりプロポーズはやめるべきだろうか。
「ねえ、ちょっと寒くない?」
「あっ、悪い」
 僕は慌ててエアコンの設定温度を元に戻した。
 ひょっとして俺は一人で盛り上がっていたんだろうか。夏だっていずれは俺との結婚を考えていると思っていた。
 それは自惚れに過ぎなかったのか。
 
 信号で止まった僕たちの車の前を、浮き輪を抱えた少年たちが横切っていった。
「これからプールに行くんだろうな、あの二人。兄弟かな?」
 僕の心情など知るはずもない夏が、能天気にそんなことを尋ねてきた。僕も平静を装う。
「どうだろう。でも歳が離れていそうだから、そうかもな」
「私、一人っ子だから、ああいうのには憧れるな……結婚したらさ、子供は少なくとも二人は欲しいと思っているんだ。敬一はどう?」
「そうだな。俺も二人は欲しいな」
「敬一も一人っ子だもんね」
 夏の言うように、甘えられる兄や姉に憧れたことはある。それが弟や妹でも、きっと楽しい子供時代を過ごせた気がする。
「子供ができたら、やっぱり水泳をやらせるの?」
「もちろん」
「私が鍛えてやるの」と、夏は力こぶを作る。
「でも一つ心配がある」
「何?」
「あんたの運動神経の悪さが足を引っ張るんじゃないかってこと」
「それは御尤もな意見です」
 僕がわざと口を尖らせると、夏はとても楽しげに笑った。彼女とのこういうやり取りが僕は堪らなく好きだった。
「でも、きっと大丈夫だよ。夏は教えるのがうまいからさ。あんなに下手だった俺が随分と泳げるようになったんだし」
「そりゃ、そうよね」
「超スパルタだったけどね」
「それは否定しない」
 僕たちはまた声を合わせて笑った。先程まで漂っていた悪い空気はどこかへ飛んで行ってしまっていた。
 あれ……今、夏は……。
「あんたの運動神経の悪さが足を引っ張る」 
 そう言ったよな。
 そうか……それならプロポーズは予定通り決行だ。
「夏」
「何?」
「ちょっと寄り道して帰らないか?」

小

 河原沿いの公園は、祭りの日に比べて人が少なく静かで、蝉の合唱が妙に賑やかに感じた。大きく育った木々のおかげで少しは暑さもマシだったが、それでも歩いているだけで汗が滲んだ。しかしそんなことをまるで気にしないのが、子供たちだ。暑さにへこたれもせず、無邪気に走り回っていた。
「この辺りの店じゃなかった?」と夏が何もない砂利道を指差す。
「また、その話か」
 店というのは、金魚すくいの屋台のことだ。十年前の祭りの日、僕は夏のために何度も金魚すくいに挑戦したが、結局、一匹もすくえなかった。夏はここへ来ると、いつもそれを話題にする。
「あんた、本気で凹んでたもんね」
「凹んでないって」
「嘘」
「本当だって」
 僕にとって忘れたい過去だと言いたかったが、実はそうでもない。僕の頑張りを、夏が初めて認めてくれた出来事でもあるからだ。
 
 砂利道を抜けて、河原へ出た。水面に反射した西日の光が眩しくて、思わず目を閉じてしまう。花火の観賞用に並べられた階段状のベンチに、いくつかのカップルが並んで座っている。べったりと寄り添ったり、手を繋いだり……それぞれ方法は違うが、お互いの思いを相手に伝えているのだろう。
「そして私はここで失恋した」と、夏が少し寂しげに呟いた。
 夜空に色鮮やかな花火が咲き誇る中、僕と夏は、政人と美咲のキスを目の当たりにした。政人に思いを寄せていた夏は、逃げるようにここを離れた。
 夏は今でもそれを引き摺っているんだろうか。
「なんてね。なんかドラマのヒロインぽかったでしょ?」
 夏がおどけて笑うのを見て、僕は胸を撫で下ろした。
 それは違うよ、夏。ドラマのヒロインなら、最後は幸せになれる。
 そして、その役目を果たすのは僕だ。
「行こうか?」と、夏は川に背を向け、先に砂利道のほうへと戻っていった。

 遊具の置かれた広場のそばに、小さな池がある。飼育されている生物はいないが、アメンボやメダカくらいは泳いでいる。
 プロポーズをするのは、絶対にこの場所だと決めていた。僕が夏に「好きだ」と告げたのもここだからだ。
「実は夏に渡したいものがあるんだ」
「何?」と夏は首を傾げた。気のせいか、少々緊張した面持ちに見える。
 僕の心臓の動きも加速していく。ズボンのポケットから婚約指輪の入った箱を取り出した。
 ここからが勝負だと、意気込んで箱から指輪を取り出そうとした瞬間だった。
 手が震えてしまい、無情にも指輪は池の中へと転がっていった。
「あっ!」
 慌てて池を見渡してみたが、濁った水面からでは指輪がどこへ行ったのか、まるで見当がつかなかった。
 最悪の失態だ。
「もう、あんたって本当にドジね」
 呆れたように言った夏も一緒になって池の中を覗き込んでくれたが、やはり指輪を見つけることは難しかった。
 こうなったら仕方がない。
 スニーカーと靴下を勢いよく脱いだ僕は、ズボンの裾を膝の下まで折り曲げた。
「ちょっと、あんた、まさか……」
 夏が全部言い終わらぬうちに、僕は池の中へと入っていった。お世辞にも手入れが行き届いているとは言えないが、そんなことは気にしていられなかった。
 幸い、それほど深くはないので、中腰になって手を伸ばせば、底をさらえる。指輪が落ちたときの状況を考えると、それほど遠くへは転がってはいないはずだ。
「やめなよ、敬一」
 夏が泣きそうな声を出したが、僕は諦めなかった。
 いくら安月給だと言っても、給料三カ月分だぞ。
「敬一の気持ちはちゃんとわかっているから」
 わかってない。俺はまだ何も伝えていない。
「指輪なんてなくたっていいから」
「そんなこと言うなよ」
「でも……」
「絶対に今日、渡すって決めてたんだ」
 指輪と一緒に……俺の気持ちを。
 必死になって指輪を探し回ったが、両手に絡んでくるのは小石や水草ばかりだった。
「ちくしょう。どこへ行ったんだよ。この辺りにあるはずなんだけどな……」
「敬一、もういいよ」
 顔を上げると、夏が優しく笑って首を横に振った。
「良くなんかない!」
 これじゃ、あの日の金魚すくいと同じじゃないか。
 ますます躍起になった僕は、更に奥へと進んだ。二、三歩歩いたところで、足がぬめぬめとした苔のようなものを踏んでしまい、派手に尻もちをついた。しぶきが上がって、頭の上から一斉に池の水が降ってきた。
 全く……俺は何をやっているんだ。
「本当にもういいから」
 相変わらず夏の声は優しい。だからこそ余計に情けない。
 悔しさで拳をギュッと握ると、右手に何かが触れた。
 小石でも、水草でもなかった。
 ゆっくりと、慎重に、絶対に落さないように、僕はそれを拾い上げた。水上に姿を現したのは、間違いなく夏に渡すつもりの婚約指輪だった。
「発見!」
 夏に見えるように、僕は指輪を天高く掲げた。

 池の中から出て、改めて僕は夏と向き合った。
「夏……ごめんな。カッコ悪いところばかり見せて……」
 僕の言葉に、夏は静かに首を横に振る。
「俺、イケメンじゃないけど、やっぱり夏が好きなんだ」
 夏は無言で、今度は首を縦に振った。
「人生っていう大きな海を、これからも夏と一緒に泳いでいきたい。夏より泳ぐのがずっと下手だけど……もし夏が溺れるようなことがあったら、俺が絶対に助けるから……だから、夏。俺と結婚して欲しい」
 昨日の夜、眠らずに考えたセリフだ。夏もぐっと来たに違いない。
 夏は下を向き黙ったままだ。
 もしかして感動して泣いているんだろうか。
 夏が何か言った。
 よく聞き取れなかったので、「えっ?」と、僕は聞き直す。
「クサイって言ったのよ」
 夏の思わぬ言葉に耳を疑った。顔を上げた夏の表情はいつもと変わらなかった。
「セリフ以上にあんたの服が臭い」
 夏に言われて、シャツの臭いを嗅ぐと、鼻がもげそうなほどの臭さが漂ってきた。
 なんてこった。せっかくのプロポーズも、これで台無しだ。
 恥ずかしくて、僕のほうが泣きたい気分だった。
「あんたってさ、無理してカッコつけ過ぎなのよ」
 面目丸潰れで、自然と俯いてしまう。
「そんなこと、しなくたっていいのよ」
 夏の言葉で、僕は顔を上げた。夏がとても嬉しそうに微笑んでいる。
 金魚すくいに失敗したあのときの光景が蘇る。
「あんたは私にとって、一番のイケメンなんだから」
 夏が僕に向かって左手を差し出した。僕はそれをしっかりと握って、薬指に指輪を通した。
 これでもう落っこちる心配はない。
「敬一」
「ん?」
「サンキュー」
 夏は少し照れ臭そうに笑って、僕の頬にキスをした。

<了>

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