「それでも私を愛してくれますか」
第一章 別れ

『それでも私を愛してくれますか』 第一章 別れ -1-

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 彼女はずっと僕のそばにいる
 いつの間にかそれを疑うことさえしなくなっていた

小

「ごめん。今日はこの近くの駅まででいいから……」
「えっ?」
「電車で帰ろうと思って……」
 洋食レストランの駐車場。食事を終えて、車に乗り込んだ僕と美由紀が最初に交わした言葉がそれだった。車のキーを捻る手が自然に止まった。
 ここから彼女の住むマンションまで車で四十分、電車だと一時間はかかる。デートの後に、わざわざ時間のかかる方法を使って一人で帰るというのはどう考えてもおかしい。
「どういうこと?」
 僕の問いかけに対して美由紀は黙ったままだった。急かしたい気持ちはあったが、我慢強く彼女の答えを待つことにした。
 静まり返った車内。聞こえてくるのは外を走る車の音。そして自分の鼓動だけ。
 美由紀が口を開くまでの時間が恐ろしいほど長く感じられた。
「あのね、少し前から言おうと思っていたんだけど……」
 沈黙は破られたが、相変わらず彼女の視線は下を向いたままだ。
「別れて……欲しいの」
 思ってもみない言葉に自分の耳を疑わずにいられなかった。今日一日ずっと一緒だったが、別れを匂わせるような雰囲気はまるでなかった。寄り添い、手を取り、微笑みを交わし、互いの目の中に互いの姿を見つけていたはずだ。彼女の言うように、今日あった何かが理由で別れ話を持ち出しているわけではないようだ。
「少し前って……いつから? いや、そんなことよりどうして?」
「……好きな人ができたの」
「好きな人? 嘘だろ? ついこの前、結婚の話をしたばかりじゃないか。そろそろお互いの両親にも会おうって……」 
 確かひと月前だったはずだ。
「そのときはもう別れようと思っていたのか?」
 そんなはずはない。彼女も前向きに考えていたはずだ。美由紀は黙ったままで、否定することさえしない。
「好きな人って、結婚をやめてしまえるくらいの男なのか? それとも俺のことが結婚相手として不安になったのか?」
 再び訪れた長い沈黙の後、美由紀が口にした言葉はただ一つ。
「ごめんなさい」
「いや、ごめんなさいじゃなくて……」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 美由紀はギュッと目を閉じて、ひたすら謝り続けるだけだった。
 これ以上何を言っても彼女は謝ることしかしないだろう。やがては泣き出すに違いない。
(少し時間が経てば、考え直してくれるかもしれない)
 そう考えた僕はとりあえず車のエンジンをかけた。
「とにかく家まで送るよ」
「駅まででいい」
 頑なに断り続けるその態度から、美由紀は僕との関係を本当に終わらせるつもりだということを悟った。
「……わかった」
 ブレーキから足を離し、静かにアクセルへ移した。もちろん、納得したわけではない。ここで言い争いをしても先ほどの繰り返しになるだけだと思ったからだ。

 車が走り出しても、美由紀は何も話さずに暗い窓の外を眺めていた。夜道を照らすのは見慣れたコンビニやガソリンスタンドの看板の光だけだ。街路樹はイチョウばかりで、散り始めた桜さえ一本も見当たらない。そんな方向に視線を向けても、何一つ興味の湧くものなどないはずだ。美由紀は今、どんな気持ちなんだろう。
 僕も何を話していいのかわからなかった。
 何度も道を曲がって永遠に駅に着かないようにしようか。そんな子供染みた考えがちらりと浮かんだ。駅に着けば彼女はいなくなってしまうのだ。
「なんてね。冗談だよ。びっくりした?」
 美由紀がおどけてそう言ってくれるのをずっと待っていた。ずっと……しかしいつまで経っても、美由紀は何も言ってくれなかった。

 駅に到着し、車を止めても美由紀はしばらく動かなかった。別れ話を持ち出したのは彼女のほうだ。なぜさっさと帰ってしまわないのだろう。
 無理とは知りながら、僕は最後の願いを美由紀に告げた。
「なあ、お別れのキスをしてもらえないか?」
 ずっと窓の外へ向けられていた美由紀の視線がようやく僕のほうへ向いた。目が少し潤んでいる。こうして見つめ合い、彼女が目を閉じるのを合図にして僕たちは何度も唇を重ねてきた。これが本当に最後になってしまうのだろうか。
 いつまでも動き出さない美由紀に、痺れが切れた。僕のほうから唇を近付けていくと、美由紀は慌てて顔を背けた。
「ごめんなさい」
 僕の口から自然と溜息が零れた。



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~ Comment ~

お久しぶりです 

再開おめでとうございます。
やっぱり、物書きの血が騒ぎましたね?
とにかく、またお仲間が増えてうれしいです。
お互いマイペースで、楽しんで行きましょうね。

僕は、辛い別れをしてしまいましたねぇ。
こういう時の男の気持ちって、どうなんでしょう。
私なら「ふざけんな~」と、言ってしまいそうですが><
(私が男だったらモテてないなあ^^;)

そうして彼は、仮想現実の女性にハマってしまうのですね?
うーん。どんな感じの女性なんでしょう。

lime さんへ 

「これで終わりです」なんて大袈裟に宣伝しただけにバツが悪いですが……笑。
もう宣言は止めて、こんなふうに気が向いたらやることにします(完全に開き直り)!

うーん、そうですね。
私もこういう場合、大抵、キレるほうなんですけど……やっぱり相手によるかな。
本当に好きな人だったら、キレるより凹むほうがくると思います。

結構長い作品ですが、男が書く恋愛小説の展開を是非お楽しみに。

NoTitle 

この僕、すっごく優しそうな人ですね。

ごめんなさい、ですむようなことじゃなさそうなのに。

彼女が何を考えているのかが分からなくなる、って辛いですね。

さあ、どうなっていくのでしょうか。

けい さんへ 

優しいのか、それとも押しが弱すぎるのか・・・・・・。

いくつになっても人の気持ちはわからなくなるものです。

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鍵コメ さんへ 

『別れ際の・・・』のお話ですが、普通はないと思います。笑。
今回は演出的なところと私自身は考えていました。

でも実際にいるんですね・・・・・・。
やっぱり理由によるかな。いい思い出にしたいと言うか、そんなことしたら、余計に未練が残るかな。
心が優しいのか、あるいは女々しいだけか。

でも本当に好きな人に対しては怒りより、悲しみや寂しさのほうが強いかもしれませんね。
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